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さて、一方の黄家では。 和気藹々の夕食のあと、武成王黄飛虎が、小さくなった天化に『たかいたかい』をして遊んであげていた。 夕食では天化は頑張って牛乳を飲んでいた。毎日たくさんの牛乳を飲んで兄に追いつくつもりで、天化はたくさん牛乳を飲みたがる。だが兄が指定した「１リットル」の目方は子ども天化にはわからなかったから、実際のところは、天化が１リトル牛乳を飲んで、おなかを壊すということはなさそうだった。 さて、食後の運動としての『たかいたかい』に話を戻すと。 「たかいたかーい…ここで離していいのか？」 どうやら天化が要求しているのは、通常の『たかいたかい』とは少々勝手が違うらしい。 黄飛虎は息子に問うた。小さな天化は元気よく手を振りながら答える。 「いいさ！」 「おい、下大丈夫か？」 「オッケーでーす」 三男の天爵が答える。天爵はマットレスを敷いて構えていた。 「んじゃ離すぞ」 「いくさ！」 黄飛虎は息子を自分の目線の高さまで持ち上げたところで、天化を支える手を離した。 天化は身体を回転させながら、なんとかマットの上で着地しようと試みる。だがそんなに上手くはいかない。天化はマットの上にべしゃっと突っ伏した。 「もーいっぺんやるさ！」 「ったく、懲りねーなコイツも」 子ども天化はめげない。父である黄飛虎も快く付き合ってやる。黄家らしい親子の光景だった。 要するに昨日、黄飛虎が『たかいたかい』で天化を落としてしまったことから端を発していた。天化は、落とされても自らの力で無事着地すべく、特訓を重ねているのだ。 いつ果てるともしれない特訓はひたすら続いた。 そして、二人が子供になって三日目の朝が明けた。 さわやかな朝、昨日に続く今日の困難を感じてやまない太公望のもとへ雷震子が訪れる。 「太公望！ちい兄どーしてる？」 「とりあえず元気だ。だが、…」 「なんだよいったい？！」 雷震子は太公望に詰め寄る。太公望は眠い目をこらえながら答えた。 昨日、発と遊んだあと。子供は寝るのが早いから発は早く休んでしまった。その後太公望は仕事だったのだ。とにかく眠い。 「姫昌と伯邑考がいないのは寂しいようだな。きっと、かまって貰ったのだろう」 「そっか、可哀想だよな…太公望、オレが面倒見よっか？どうだ？」 「すまぬが遠慮しておく」 「なんでだよ？オレじゃあアテにならねえってのか？」 「羽に悪戯されるぞ、おぬし」 「へ？羽？」 雷震子は目を丸くした。そんなふうに子供の状況がわかっていない雷震子に、太公望はとくとくと言ってきかせる。 「わしはあの二人にはスープ−も近づけておらんのだ。絶対乗りたがるからのう。乗り物はいかん。危険だ」 「た、大変なんだな」 「そうなのだ。とにかく一刻も早く戻ってもらわなければ困るのだがのう」 そうでなければ、太公望としても身がもたないということになりかねないし、四不象と離れているのも寂しいことだ。通常業務も滞るし、子守りのスキルが身についてもどうかと思う。太公望は大きくため息をついた。 「特に姫発は、甘ったれな上、家族がいないも同然だからのう。またいつ爆発するかわからん」 「…ちい兄、可哀想だな」 自分より下の弟たちは成長しているから、弟とは認識できない。そして兄も父もいないのだ。小さな姫発は、ほんとうに、家族がいないも同然だった。 「まあ、そうとも言うな」 太公望も頷く。可哀想は可哀想なのだ。元に戻せばすむ話なだけに、さっさと元に戻してやりたい。 太公望の様子に、雷震子は真剣な顔をした。真剣に、小さな姫発のことを慮っているようだった。雷震子は考え込んで、そして決意を表明する。 「わかったぜ！オレがちい兄のために一肌脱いでやらあ！バカ師匠にかけあってすぐ元に戻してもらうようにするからよ！」 「そ、そうか？」 太公望の戸惑いを置いて、雷震子はお空の彼方へ飛び去った。 雲中子にかけあう？すぐ戻してもらうようにする？ 大丈夫なのだろうか。 なにかまた問題にならぬだろうか…不安はないではないが、太公望は昨日と同じように、子供部屋へと歩く。今日は竹簡を抱えていった。少しでも仕事が出来る状態になることを切に祈ってしまう。 子供部屋の扉を開けると、そこには現実が待っている。今日も昨日と同じように、発と天化は小さな子供だ。 駆け寄ってきた子供らに、太公望は語りかける。 「よいか天化、発」 「はーい」 「はーい」 太公望が名前を呼ぶと、子どもの天化と子どもの発は、それぞれ元気に返事をした。 今日もよい返事だ、太公望は心の中で二人を誉める。 「おぬしらは今日もここで遊ぶのだ。今日はおえかきでもするがよい」 「はーい」 「はーい」 太公望は情操教育のためにお絵かき道具を用意した。今日も楊ゼンが後ろに控える。 「太公望師叔、眠くありませんか」 「わしは今日はここで寝る。おぬしが子供らの面倒を見るが良いぞ、楊ゼン」 「―あの」 「とりあえず、絵が描けたら起こしてくれ…」 睡眠不足の軍師はくたっと横になった。そんな太公望に、楊ゼンが忠告する。 「そんなところで寝ると顔に絵を描かれますよ」 しかし太公望は脅しには屈しない。めげずに寝にかかった。 「なにを言うか、楊ゼン…」 太公望は横になる。横になって二人の子どもを見た。天化と発は今日は仲良くしている。昨日積み木を崩したような喧嘩はもうしないだろう。太公望はそのようにたかをくくった。太公望は子供というものをかくも理解していない。 ごろごろして、そのまま目を閉じようと思った。そうすれば夢の世界へ飛び立てる。 子守りと称してサボって眠れるのだ。こんないい話はない。 もう一度太公望は二人の子供を見る。仲良く二人で絵を描いている、そう… 「おぬしら床に絵を描くでない！わしはちゃんとスケッチブックを用意したのだ！！」 「だから寝ない方がいいって言ったんですよ、僕は」 がばっとはねおきた太公望に、後ろから楊ゼンの突っ込みが入った。天化と発は、二人で仲良く床にクレヨンで絵を描いている。それでは駄目だ。駄目なのだ。絵はきちんとスケッチブックに描かなければ、あとで掃除が大変だ。 |