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「太公望、本気ですか」 今までの成り行きを見守っていた周公旦が、黙っていられず軍師に詰め寄る。太公望はいっそ開き直った。 「そう考えるのが、一番妥当と思われるがのう、わしには」 「ってもなあ…なんでそんなことになったんだよ」 周公旦よりも穏やかに事態を受け入れているらしい、黄飛虎がぼやいた。ぼやく彼の肩には、小さな『てんか』が乗っている。 「考えられるのは、そうだのう…雲中子のふしぎな杏でも食ってしまったのではあるまいか」 「雲中子、といいますと」 周公旦が眉をひそめる。どこかで聞いたような名前だった。昔我が家に来て、一人弟を連れて行った。 「そうだ、雷震子の師匠だ。崑崙きっての変人（スプーキー）。犯人はそのへんではないかのう」 「大正解！さすが太公望！」 その瞬間、後ろでクラッカーが鳴り響いた。太公望は紙テープと紙吹雪をかぶり、しばし立ち尽くす。 ゆっくりと振り返るとそこには崑崙が誇る変人科学者の姿があった。 「―雲中子」 「二人ともちっちゃくて可愛いだろ？このふしぎな杏の威力だよ！」 雲中子は誇らしげに杏を高々と掲げた。杏そのものはなんの変哲もない。けれど雲中子のふしぎな杏によって、雷震子には羽が生え、今、天化と姫発は小さな子供に変貌をとげてしまった。 太公望は、小さな『てんか』と『はつ』をちらりと見る。『はつ』は相変わらず階段に落ち着き無く腰掛けて兄を待っていて、『てんか』は父に肩車されて喜んでいる。 「どういうわけか一応聞かせてもらおうかのう」 「ふしぎな杏ね、ちゃんと人間にも仙道にも効くか確かめてみようと思ってね。ちょうどいい二人がいたから、食べてもらったんだよ」 「どうやって」 「精進弁当のサービスに杏仁豆腐をつけたんだよ！」 「他の人間には、被害は及んでいないのであろうな」 「うん、それはもちろん！」 胸を張った雲中子に向けて、太公望が打神鞭を構え、そして振りぬいた。雲中子に風の刃が炸裂する。 「乱暴だなあ…」 雲中子はむくりと起き上がって呟く。はっきり言って、懲りていない。 「直せ」 そんな雲中子に太公望が詰め寄った。 「可愛いのに」 「いいから直せ！これでは革命もなしとげられぬわ！」 これ、と言って太公望はちいさな『はつ』を指さした。さて、その『はつ』はあんちゃんの帰りを待ってちょこんと座っている。待っているのも飽きたらしく（子供なので忍耐力がたいそう欠けているわけだった）、『はつ』は、あたりをきょろきょろと見渡している。 「せっかく上手くいったのになあ…」 雲中子はまだ懲りない。今度は、周公旦も口を挟んだ。 「とにかく、小兄様があれでは困ります」 とにかく、周の武王があんな子供では話にならない。しかし雲中子は言った。周公旦と太公望と、二人に向かって。 「でも、精魂こめて育てれば立派な王になるかもしれないよ？きっと今より成長後のステータスが上がるよ」 そんなことを言われても―― 「リアルで育成ゲームをやっているほどわしはヒマではないわ」 「いや、それを言うなら育児でしょう。どちらにしても今から小兄様を育てていたら革命が逃げてしまいます」 周の軍師と宰相が言い合う中、当の『はつ』は向こうで相変わらず兄を待っている。 そしてさらに少し離れたところで盛大な泣き声が響いた。 「…今度はなにごとだ」 太公望は泣き声の方角―武成王の手元である―を振り返って低い声で呟く。武成王黄飛虎の手元では、小さな『てんか』がまだぐずっていた。 「悪いな太公望どの、いま天化落っことしちまってな。すぐ泣き止ますからよ」 「なにをしておるのだ」 「こんな感じだな」 武成王は泣いている天化を放り投げてまた受け止める。要約すると「高いたかーい」という行為だった。 「さっきはコレで落っことしちまってなあ。ほら、天化。泣くなよ、男だろ？」 父の言葉に天化はあっさり泣き止む。 「おれっちなかないさ！」 「そうだそうだ、痛くねーか？」 「おれっちいたくねーさ！」 「アレも戻さないと駄目？」 後ろから雲中子の声。 「勿論だ」 太公望は応える。時間軸を勝手に歪めていいわけがない。それは姫発だろうが天化だろうが変わらない。 「なんだ、アレで道徳に渡したらそれはそれで喜ぶと思ったのに。早期英才教育になるだろ？」 「そういうのを誘拐というのだ…のう、雲中子」 「なんだい？」 「いいからアレを元に戻せ」 「前向きに検討します…善処します」 太公望が詰め寄ると、雲中子は政治家の答弁のように応えた。 とにもかくにも、雲中子は帰っていった。そして残されたのは子供二人。 「と、いうわけだ武成王」 「ん？」 武成王黄飛虎は、小さな子ども天化を持ったまま太公望を見る。 「しばらくの間、天化はそのとおりだ。すまぬが了承して欲しい」 「そのうち戻るんだろ？別にかまわねえぜ」 黄家の人間は基本的に剛毅だった。息子が縮んでも気にしていない。 「なっつかしーな、天化にもこのくらいの時があったんだよな。今じゃ小生意気にタバコなんか吸いやがってよ、なー天化？」 そして武成王は子煩悩なようだった。おもむろに子ども天化を持ち上げ肩車をする。 「早く大きくなれよ、天化。これっくらいにはな」 子ども天化は、父の肩から下を見る。そして父の顔を横に見て宣言した。 「おれっち、おやじみたいにでっかくなるさ！」 「おー、そうかそうか」 「あちらは平和ですね」 黄家の親子をうかがいながら、周公旦がぽつりと呟く。 「別にこちらが不穏なわけでもあるまい…さて」 太公望は小さな発のもとへと歩いた。自分もしゃがんで、子供と目の高さを合わせて、なるべく優しく話し掛ける。 「発。あんちゃんを待っておるのか？」 「うん！」 子ども発は元気に答える。素直な返事だった。 「あんちゃんは出かけてしまったのだ」 「また？」 「そうだ、まただ」 子ども発は、太公望の言葉に首をかしげる。 「んー…」 子供なりになにか懸命に考えているようだった。そして、太公望の顔を見て、言った。 「まってるの。おむかえするの」 「そうか」 「うん！」 そして太公望は幼い発を諭した。今日はもうあんちゃんは帰ってこないから、うちで待っているといい。発は素直に言うことを聞いた。素直な子供だと、太公望は思った。 |