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「こちらなんか可愛らしいと思いますけど」 ウエディングドレスのパンフレットをいくつもお姉さんは見せてくれる。 「どれがいいですか？」 「もうなんでもいい…」 妙にやる気な楊ゼンに比べて、姫発は徹底して元気がない。楊ゼンがやる気に満ちている理由は、姫発には判っている。そのつもりだった。どうせ太公望の奴に頼まれたことだからビシッとやってるだけだろうが、こいつは―― けど、実際にはそうでもない。そのことに姫発は気づいていなかった。 「引き出物はどんなものがありますか？」 「お待ち下さい、今パンフレットをお持ちしますので」 ばたばたとお姉さんが向こうへ走っていく。楊ゼンは、自分の隣でかなり不機嫌につぶれている武王姫発（注：女の子）をちらりと横目に見て、くすっと笑う。 まあ、落ち込むのも無理はないか――― それはそうだ。師叔も、タチの悪い真似をする。なんたって、いきなり「結婚しろ」ときたもんだ。それはまあ、ショックを受けるだろう。まあ師叔にしてみれば、そういう強引な展開に持っていくことで、面白いくらい女の子なメンタリティに引きずられている武王に、ショック療法を与えようということなんだろう。それがなんだか面白い方向に行ってしまっている。 有り体に言って、楊ゼンは面白がっていた。 ここまでいちいち動揺する相手を見ているのは、確かに楽しい。だったら、さらに揺さぶったらもっと面白いに違いないのだ。 師叔も最終的には悪い方向には持っていかないだろう。それは楊ゼンには判っていた。 ――師叔が、亡き西伯候姫昌から預かった子供なのだから。 姫発（女の子）と楊ゼンは、式場案内のお姉さんに連れられて、中を見せて貰った。お姉さんは、貸衣装を見せてくれて、振り返ってにこやかに姫発に笑いかける。 「試着なさいますか？」 「え」 「…いいじゃないですか？」 「……お前な！！」 姫発は楊ゼンの方を向き直って怒鳴った。怒鳴って、さらに文句を言い立てようとして――それを阻まれる。ふわっとなにかを頭にかぶせられた。 「え……？」 姫発は思わず声を上げた。 どこから持ち出してきたのか、楊ゼンは彼女にヴェールをかぶせてやる。呆気にとられた表情で自分を見上げる彼女の髪を撫でてやり、すっと指で髪を梳かしてやる。 姫発は我知らず、真っ赤になった。 「なっ……」 ふざけんな！そう怒鳴りたい。 「可愛らしいじゃないですか」 「ええ、とても」 にこやかに優雅に笑った楊ゼンに、式場のお姉さんが合いの手を入れる。姫発は俯く。 「……楊ゼン」 「はい？」 「…元に戻ったら、覚えてろよお前」 口の中で呟くように言った言葉は――楊ゼンに聞こえていたのか。姫発には判らない。 なんですか？楊ゼンは、姫発に向かってもう一度笑いかけた。 今のはさすがに元の武王らしいリアクションだったような気がする。 それでも可愛いじゃないか。楊ゼンは思った。きっと言っても喜ばないし、どうせ師叔が婿を決めてきたらずぶずぶ落ち込むことは目に見えている。 だったら黙っていてやろう。楊ゼンはそう思った。 |
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