（７）

「頭の悪いキサマらに手っ取り早く説明してやろう！小生は呂岳様、いま世を騒がす黒薔薇の一味だ！」
黒薔薇。どこかで話題にしたような名前。土行孫も、陰に隠れた姫発も、頭の中身を揺り動かして、記憶を辿る。それは意外と近くに落ちていた。


『ねえ聞いて土行孫さま、うちを狙ってる盗賊がいるって噂があるの！有名な賊で、黒薔薇っていうらしいわ！』


「えええええええっ？！」
土行孫が叫ぶ。姫発も叫びたかったのだけれど、それはさすがに口元を押さえた。姫発は今、土行孫の後ろに隠れて、正面に呂岳を見ている。見つからないように静かに動いた。なんとか呂岳の後ろに回って、なんとか出来ないか。
今のままではあの姉妹を人質に取られたようなものなのだ。

姫発が用心しながら境内を回っている間も、土行孫と呂岳の会話は進行する。
「お前が黒薔薇の一味なのか？！なんでおいらに近づいたんだ？！」
「キサマが婿入りする店を狙ってるんだよーん」
呂岳は頭の上で手をぶらぶらさせながらしゃべり立てる。後ろで碧雲が叫んだ。
「ごめんなさい、土行孫さま…」
「うるさい！」
バシッと呂岳は碧雲を殴る。碧雲は倒れ込んでしまい、赤雲が慌ててしゃがみ込み、抱き起こそうとした。
乱暴な行為に、土行孫が呂岳に思い切り抗議する。
「やいやいオマエ、女の子になんてことすんだ！」
「おやあ？この裏切り者の姉妹を庇い立てするのかァ？この二人は小生と組んでキサマを陥れようとしたんだよ〜ん」
「えっ……」
「この二人は黒薔薇の手先だっ！キサマを色仕掛けでたぶらかすよう小生が命令した！！」
「そ…そんなの嘘だろ？なあ、碧雲ちゃんも赤雲ちゃんも！」
土行孫は呆然としながら二人の姉妹を見た。けれど二人は押し黙っていて、しばらくして、赤雲が口を開いた。
「本当です、私たちは、土行孫さまを騙そうとしていたんです」
碧雲が続ける。
「私たちが夜、土行孫さまを訪ねてお店を行って、木戸を開けて頂いたところで、黒薔薇一味が押し込む作戦でした」
「でも何も知らずに私たちに親切にしてくれる土行孫さまをこれ以上騙すなんて出来ません！ごめんなさい、土行孫さま…！」

土行孫は愕然とした。
「碧雲ちゃん…赤雲ちゃん…本当に？」
その言葉に二人の姉妹は頷く。

騙したのは本当なのかもしれないが、彼女たちは最後まで土行孫を騙しきれなかった。
悪い子じゃねえよ。姫発は事態を見守るしかない中で、そんな風に思いめぐらせる。

「碧雲ちゃん…赤雲ちゃん…」
土行孫は悲しそうに二人を呼ぶ。
「お父さんが病気で死んだってのもウソだったのか？」
碧雲と赤雲は黙った。黙った二人にかわって呂岳が応える。
「それは本当だよ〜ん」
「え？」
「ただし、とっくの昔にこの二人の親父は死んで、とっくの昔にこの二人は売られて、それを小生が拾って世話をしてやったのだ！黒薔薇のために働いてもらうためにな！！それなのに…」
呂岳は碧雲と赤雲を振り返り、いきなり切れて二人を蹴飛ばした。

「キサマらはこの大恩ある呂岳様に逆らおうってのかあ？！こうしてやるっ！！」
「きゃあ！！」
「碧雲ちゃん！赤雲ちゃん！」
呂岳はふところから瓶を取り出して、中身を二人にばしゃっとかけた。二人は咳き込む。
「さあて土行孫」
「…てめえ！なんてことすんだ！」
「解毒してやらないと、この二人はあと二日で死んじゃうよ〜ん」
「なんだと？！」
「解毒薬が欲しかったら、明日の晩、裏木戸を開けておけ！！ひゃーっひゃひゃひゃ！！」
「てめえ…！！」
土行孫は立ちつくす。

姫発も、どうしようもない怒りに駆られた。
病気で親を亡くした不幸な姉妹を利用して、大店の婿殿を騙そうとして、姉妹が逆らったら、今度は仲間だったはずの姉妹をこんな形で利用するなんて。
ふざけるな。
けどどうすれば。
あの医者は手ぶらだ。獲物は持っていない。それなら押さえられるかも。とにかくなんとかしないと話にならない。
姫発は竹光を押さえて立ち上がろうとした。その肩を後ろから掴まれる。
「貴方は黙っていてください」
「え？」
「僕がなんとかしますから」
声をかけた男は、長い髪を後ろで束ねた若い侍だった。
アンタ誰？姫発が問う間もなく、なにやら若い侍は呂岳に向かって獲物を投げる。
それは狙い通りに呂岳が手に持っていた瓶に当たり、呂岳は瓶を落としてしまう。
「誰だキサマ！」
侍は――そう、楊ゼンは、呂岳に姿を見せる。
「名乗るほどの者じゃない。ただこういう展開になったら放っておけない」
「キサマ、奉行所の…？！太公望の手先か？！」
呂岳はもう一つ懐から瓶を取り出した。アレは割っていいのか？楊ゼンが躊躇った一瞬に、呂岳は瓶を地面にたたきつける。白い煙が辺り一面に広がった。
「しまった……！」

楊ゼンは口元を押さえて煙が収まるのを待った。倒れ込んだ二人の姉妹が残されて、呂岳の姿はどこにもなかった。