（６）

土行孫は例の姉妹と医者を交えて、会う約束をとりつけてきた。とある神社の境内に、姉妹と医者を呼びだしたのだ。医者は呂岳と言うらしい。
姫発はノリノリでその場に同伴する。
「いいか、ジャマすんなよ」
土行孫は釘を差した。姫発はばんと自分の胸を叩いた。
「わかってるって、アンタが危なそうだったら助太刀すっから！」
助太刀するほどの腕は、実を言わなくても姫発にはない。
「とりあえずおいらが話すっからどっかよそにいろよ」
「そーか？」
その言葉に、姫発は物陰にかくれて待つことにした。


姫発が隠れた逆方向から、がさっと音がする。
土行孫は振り返る。呂岳って奴か？それとも姉妹？
「土行孫さま…」
「へ、碧雲ちゃん！」
そこに現れたのは女のコ。もう一人現れた。
「赤雲ちゃんも」
なるほど、姉妹か。二人揃って可愛い。
草むらから様子をうかがい、姫発は心の中で頷いた。
しかし事態はいきなりそこで急展開を迎えてしまった。碧雲ちゃんが切羽詰まった声で、訴える。
「土行孫さま、もう私たちには構わずお逃げ下さい！」
「え？」
畳みかけるように、碧雲ちゃんが頭を下げる。
「本当にごめんなさい、借金なんて嘘なんです」
「…嘘？」
いきなり意表を突いた展開だった。赤雲ちゃんと碧雲ちゃんは交互に続けて喋り始める。
「ごめんなさい、私たち、本当は…！！」
「ずっと騙してたんです！」

「ひゃーっひゃひゃひゃっ！キサマら二人揃って小生を裏切るつもりかァ？！」

姉妹の声を遮って現れたもうひとつの声。
土行孫はその声の主を振り返る。
現れたのは白い着物を羽織って色のついた眼鏡をかけた小男。
彼は姉妹の前に立って土行孫と相対する。
「やいやい、オマエが呂岳か？！赤雲ちゃんと碧雲ちゃんを苦しめて…」
土行孫は小男に詰め寄った。男は名乗る。
「いかにも、小生は呂岳様！！モグラ男め、まんまとひっかかったな！」


「ひっかかった…？」
陰から様子を見守っていた姫発は思わず声に出して呟く。
どういうことだ？それ。


ひっかかった、ときて、ずっと騙してたんです、ときたもんだ。
つまりそれは、土行孫は、この姉妹と医者に騙されていたということなんだろうか。

あれ？

なんだか話が見えない状況で、騙されていた、という核心だけは、姫発は直感的に理解した。


一方、土行孫は腑に落ちない顔で二人の姉妹に問いかける。
「赤雲ちゃん、碧雲ちゃん…？」
姉妹は泣きそうな顔をして黙り込んでしまった。



一気に混乱した場の空気を境内の影から見守る男が、姫発のほかにもう一人いた。
そのことにこの場の人間は誰も気づいていない。

今、出ていったら黒薔薇の一人を捕らえられる。けど、後の一味は逃げるかも知れない。いや、出ていったとしても、人質を取られて逃げられる恐れもある。
こんなときは、…どうすれば？
楊ゼンは、刀の柄に手をかけながら、この場にいない太公望の心に問いかけた。