「そういえば天化、武王はどうしたんだよ？呼んでこねえでいいのか？」
「そういえば王サマ戻ってこないさね」
丸焼きの準備に木を組み立てながら武成王が天化を振り返った。
「せっかく美味いモン食うんだ。みんなで一緒に食った方が美味いに決まってんだろ」
「それもそうさね…」
俺っち探してくるさ、と言った天化は、俺の首に巻いた手綱（っていうか元はターバンだ）を少しだけゆるめた。
今しかない！
だーっと俺は駆け出した。
太公望さえ見つければ。
「あっ、牛！待つさ！！」
俺は必死で天化の追跡から逃れようとした。それは後から考えると無駄極まりなくて、天化が牛な俺（いや、牛じゃなくて人間でも）に追いつけないわけはなくて、すぐ俺はターバンを引っ張られて足が止まってしまう。
た、たいこうぼうっ！（泣）
どこ行ったんだよ！オマエがいてくれれば、俺……

じたばたして暴れる俺の体を天化が捕捉する。
その時、影がさして、小柄な男が姿を現した。
「どうしたのだ、天化」

…………

牛だけど俺は呆気にとられて…天化は太公望を見た。
「スース」
太公望は俺の近くまで来る。太公望と目が合ったような気がした。
太公望は、ちょっと腰を落として、じいっと俺を見る。ふわっと体を触られた。
天化、離してやれ。太公望はそう天化に促す。
俺は太公望に寄り添った。
鳴いても牛の鳴き声にしかならねーんだけど、泣きたかった。
「…なんの騒ぎだ？」
「これから焼肉パーティーするんさ」
「ほお…」
太公望はちらっと周りを見渡したみたいだった。
そんで最後にぐいっと俺（っていうか牛だ）の顔を掴んで、じいいっと眺める。

「天化、この牛は食ってはならぬ」

…………

「なんでさ？スース」
「この牛は……」



どさっ。



「王サマ、…寝相悪いにもほどがあるさ」
天化の声がした。
「あ…あれ…？」
きょろきょろ周りを見てみると俺の部屋。どうやらベッドからずり落ちたらしい。
っていうか…俺は自分で自分の手を見た。足を見て、髪の毛を掴んで…
「て、天化」
ちゃんと言葉が出てくる。
「食ってすぐ寝ると牛になるって言うさ。とっとと起きて働くさ！」



「…なるほど？」
午後のお茶の時間。太公望は頷いた。
「それは災難な夢だったのう」
「というか小兄様、「食べてすぐ寝ると牛になる」と言われて、ホントにそういう夢を見るというのは…」
「うむ、暗示にかかりやすい男だのう」
そうだ、確か昼寝する前に、天化に、そう言われたんだった。
「だから王サマあんなにうなされてたさ」
「なら起こせよ！だいたいなあ、てめえがちっとも話聞いてくんねーから…！」
「ナニわけわかんねーこと言ってるさ」
「武王」
抗議した俺に対して、天化はまったく取り合ってくれなくて（そのへんは夢にきっちり反映されてるじゃねーかよ…）太公望が横から口を挟む。
「お主、疲れておるのではないか？今度ゆっくり休んで温泉でも行ってくればどうだ？」
「まあ…そうかもしれませんね」
旦は頷く。太公望はもういっぱいお茶をすすった。



翌朝のことだ。
朝メシの飲み物が牛乳だった。
「そうだよな…」
俺はしみじみと頷いてしまう。昨日の悪夢を思い出しながら。
「なんだ？武王」
「いや…雌だったらきっと飼ってもらえたんだよな…と思って」
ホルスタインだったんだもんなあ…と、思わずため息が出る。
「まだ言うか、お主」
太公望はあきれた。
「だ、だってよお！丸焼きにされそうになったんだぜ！？」
がたん。
「王サマ、おはようさー」
「おう、天化」
「……よお」
昨日の夢の中で（いや現実でも）ちっとも取り合ってくれない奴が今日も元気に現れた。
「王サマ、俺っち」
「なんだよ？」
「俺っちも昨日、牛になる夢見たさ」
「……へ……？」

話を聞くと、あまりにも俺がわめくから、なんだか印象に残ってしまったようで、昨日の晩見た夢で天化も牛になったらしい。
「ど、どんな夢だよ？やっぱ食われちまったりしたわけ？」
俺はおそるおそる聞いてみた。天化は煙草に火をつけつつ、違うさー、と笑った。
こんな話だった。

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