天化は西岐城に向かったようだった。
城の門前で見覚えのある顔に出会う。
武成王黄飛虎だった。
「よお天化、どーしたんだその牛は」
「あ、オヤジ。草っぱらで見つけたさ」
「へえ…」
武成王は俺の顔を覗き込んで、かと思うとしみじみと全身を眺めているみたいだった。
「いい牛じゃねえか」
…いや…牛で誉められても…
「ホルスタインかあ。でも雄だな、コイツ」
「そーなんさ」
あ、ホルスタイン…ホルスタインって可愛いよな…白と黒のまだらな感じが。
でもやっぱ雄なんだ…
などとホルスタインを頭の中で思い浮かべる俺を傍らに、武成王親子は、いきなり死刑宣告を下してくれた。
「じゃあ、食っちまおうか。うまそうじゃねーか」


う、うっわーーーーー！！！（号泣）


暴れる牛（っていうか俺だ、俺）をしっかり押さえつけて、天化は父親を見送ったようだった。
「じゃあ準備してくらあ。オメーも食えりゃあいいのにな」
「みんな呼んでくるさ」
そうか。天化はなまぐさ食えねーから、俺を食ったりはしねーんだよな。
ひとまず安心した。でもそんな安心はなんの足しにもならなかった。武成王は去り際に言ったのだ。
「丸焼きにすんのが一番いいな！」



……………



もはや心の中で叫ぶ気力も俺には残っていなかった。

しかし神サマはそう簡単には人間を見捨てないのかも知れない。普段不信心な俺だけど、もう一人現れた人間の姿に、神に祈りたい気分になった。
「あ、武吉っちゃん！」
「天化さん！どうしたんですか？」
「牛がいたから連れて帰ってきたさ。オヤジに見せたらみんなで丸焼きにして食っちまおうって。俺っちは食えねーけど、武吉っちゃんはどーさ？」
「うわー、ごちそうですね！」
ち、違うんだ！武吉っちゃん！聞いてくれよ俺の話！武吉っちゃんなら、牛語でもきっと判ってくれるから！
モーモー喚く俺を武吉っちゃんが眺める。しかし今日の武吉っちゃんは俺の味方じゃあなかったらしい。
「ぼく、焼肉屋でバイトしてたんです！料理のお手伝いします！」
「そいつは心強いさ」

……やっぱりカミサマなんていねえじゃねーかよっ！

なんだかわらわらと人が集まってきた。みんなで焼き肉パーティー…とか？
「どうしたんだい？天化くん」
楊ゼンだった。あ、こいつなら、エラい道士様なわけだし、なんか術かけられて俺が牛になったっつーなら、ひょっとして判ってくれたり…
「オヤジと武吉っちゃんで焼肉パーティーするさ」
「そうなんだ。じゃあこの牛を？」
楊ゼンが俺を見る。じっと見つめられた。
「…いい牛じゃないですか」
なんで牛だと誉めるんだ？俺が人間の時そんなこと誰も言ってくれねーじゃねーかよ！

楊ゼンも道士だから、牛つーかなまぐさは食わない。
じゃあ僕はこれで、と、楊ゼンは帰っていった。
去り際に言った。
「あ、天化くん。武王はどうしたの？」
「それがいないんさ。ま、どっかで昼寝でもしてんだと思うけど」
「…そうだね」
二人は勝手に納得していた。だーかーらー、俺が武王なんだってーの！（泣）


着々と丸焼きの準備が進められているようだった…（蒼白）お、俺みんなに食われちまうのか…それって…
だ、誰か助けてくれるヤツいねーのかよ！？
俺だって判ってくれるヤツいねーのかっ？！誰も！！

そうだ、あんちゃんがいれば、きっと俺だって判ってくれるよ！
（しかし兄は既に他界してこの世にない。）
牛語を解してくれそうな武吉っちゃんは、焼肉屋のバイトだったらしい。それじゃあ…もし乳搾りのバイトとかしてても、これから食われる牛の話なんか聞いてくれねーよな…

辺りを見渡した。
なんだよー、旦までいるじゃねえか！聞き耳を必死でたてる（概念）と、小兄様はドコでサボってるんでしょうね今日も、とか言っている。サボってねーよ！いや、昼寝して、そしたら牛になっちまったみてーだけど、今サボってるのは牛になっちまったからで、サボりたくてそうしてるわけじゃなくて…
頭の中がこんがらがる。
仙道はなまぐさが食えないから、見物だけしてるみてえだった。でも、西岐城には仙道しかいないってことはない。むしろ仙道の数の方が少ない。
っていうかものすごく食いそうな連中が集まってきた。南宮カツとか、黄家一族とか。
「うわー、牛牛牛！おいしそう！」
「天祥、静かにするさ」
あそこにいるのって確か武成王の兄弟と義兄弟だよな…あいつら、食いそうだよな…（怖）

なあ、どーすりゃいいんだよ…太公望…


太公望。
そうだ、太公望がいるじゃねえか！太公望ならきっと判ってくれるって！

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