「王サマ」
「？…なに？」
「コレ持ってくさ」
天化が差し出したのは、ＰＨＳだった。昨日、太乙真人にもらったというか押しつけられたものだ。

『これねえ、相手がどこにいるかすぐ判るから！浮気してるのに仕事してるように見せかけても一発！あ、でもオフィスラブだったらダメだね〜』
『天化みたいな可愛い女房がいるのに浮気なんかするわけないだろう！なあ天化？！』
『………コーチ…』

「遅くなるんだったら電話するさ」
「……判った…ってゆーか、帰ってくるからな？」
「待ってるさ」


天化は着替えると買い物に出かけた。昨日は帰ってきたのが夕方だったから、もうお菓子は作れなかった。今日はお菓子でも作ろうかと思った。


「聞いてくれよっ！太公望っ」
武王の執務室。姫発は太公望の前でばん、と机を叩く。
「朝からなんなのだ？」
困惑気味の太公望は頭巾の上から頭を掻く。姫発は言い立てた。
「天化が白いキモノ着てバンダナ巻いて待ってたんだよ？切腹でもすんのかとか、真剣でも抜くんじゃねえかとか考えたら朝になっちまって…」
「一晩、寝ておらぬと？」
「そう」
「………」
太公望は黙った。姫発も黙って、太公望の言葉を待つ。
「……おぬし」


太公望はふっと笑って、優しい顔で姫発に呼びかけた。姫発は面食らう。
「…なんだよ？」
「今日は五時ピンで帰れ」
「へ？」
「天化の好物でも買って帰ってやれ。それで大丈夫だ」
「………太公望…？」


太公望が出ていった後、姫発は席について、竹簡に埋もれて倒れ伏して寝だした。そのさまを扉の中に見て、太公望は苦笑しながら歩き出す。聞き慣れた声に後ろから呼びかけられる。
「太公望師叔？」
「おお、楊ゼン」
太公望は振り返って答えた。
「どうしたんですか？武王は…」
「今日は寝かせてやれ」
「はい？」
「よいであろう？」
「まあ…師叔がそう言うなら」


三日目の陰謀（＝強制的に飲み会に連れ出し）が陰謀だったと判っていないわけでもないであろうに――
ひょっとしてホントに判ってないのかもしれない。けどそれでも、この期に及んでまだ太公望に新婚生活の相談をする姫発という若者に、相談された本人は心の中で苦笑した。
アホというか、なんというか。そろそろちゃんと家に帰してやって、ちゃんと新婚生活を送らせてやらないと可哀想だろう。
白い着物とか天化に吹き込んだのはおそらく道徳だ。まったく、あの男もこういう局面では役に立たぬのう――まあ、仕方ないか。太公望はちょっと意地悪く笑った。


昼時――新婚さんの新居には舅が現れた。舅は昼飯と言って職場を抜け出してきたのだった。
「天化？」
「あ、オヤジ」
「…元気でやってるか？」
天化は菓子づくりも一休みしてお昼ごはんを食べるところだった。
「オヤジ、昼飯どーしたさ？」
「いや、まだ」
「じゃあ食ってくさ？」
「…おう」

昼食を黙々ととって、お茶をすすりながら黄飛虎はちらりと天化を見る。
目が合って、話を持ちかけてみた。
「あのな、天化」
そう、二日目に姫発をつぶしたのは自分だ。大人げない話だが、あれくらいはいいだろう？そう思っていた。けど何か事態がよくない方向に回り始めているらしいと知って、愛娘（笑）に会いにきたのだった。

「ナニさ？」
「結婚てのはな、お互いの理解と妥協が一番なんだ」
「……―――」
もう少し迂遠に説明するつもりだった黄飛虎は、結局一番の核心から入ってしまう。昼休みが終わる前に仕事に戻らなくてはいけないとか、そういう時間的制約もあったのだが。
「なんつーか…そう、俺も賈氏にはメーワクかけたからな、ずいぶん」
ここで夫のワガママを許してくれる妻の寛容さを例として持ち出すのも、待つ側としては身勝手な論理だろう。けど黄飛虎としては、つい実体験を持ち出してしまう。

「俺はな、天化――若い頃から武者修行に出てて、朝歌にはたまに帰ってくるくらいだったんだ」
「そーいや聞太師も言ってたさ。修行から帰ってきたオヤジに初めて会ったんだって」
「そう、それでな――賈氏と結婚するのは、もう前から決まってたんだけどな。結婚したんだから、子供だって産まれるんだし、それならもっと強くなんねーとな、と思って、もういっぺん修行に行ったんだ」

それは結婚半年目のことだった。静かに賈氏に頭を下げ、お前と、これから生まれるだろう子供のためにもっと強くなりたいという黄飛虎を、妻は静かに送り出した。

「っても、まだ天禄が生まれるって判る前だったんだけどな」
「そんで、いつ帰ってきたさ？」
「三年後」
「はあ？！」


「いやあ、驚いたぜ？帰ったら見たことねえガキがいてさ、俺の息子らしいんだコレが。賈氏は一言も口きいてくれねえし、そん時は死ぬほど頭下げて、聞仲までとりなしてくれて、そんで一月くらいたってやっと賈氏が許してくれて――まあ、それ以来、俺は家庭を守ろうと思ったわけだよ…そういや聞仲、天禄の出産祝いとか届けてこまめに様子見に来てくれたらしくてさ…やっぱアイツは俺の一生の友達なんだなってその時思ったんだよ」
黄飛虎は思い出話を完結させると、豪快に笑った。そして話を結びにかかる。
「つーわけでな天化、結婚にはお互いの理解と妥協ってモンが――」

ばん。

「……て、天化？」
「今から母ちゃんの墓行って謝ってくるさ！！」
黄飛虎はそうして新居を叩き出された。

というわけで翌日も強かった天化くんでした…つーか飛虎パパ…あなたナンパじゃないだけで十分ロクデナシですがなこれでは（爆）ってゆーかこれでいいのか黄飛虎ファンな自分。
とうとう次回で最終回です…