腐るほどあった仕事がホントに終わった頃には夜も更けていた。天化はいなかった。来なかった。だから天化に会いに行った。
「どこに行くんですか？武王」
「どこだっていいだろ」
「天化くんのところですか？」
「え？！ナニ言ってんだよっ！！」
図星を指されて楊ゼンを振り返った。顔を見合わせて逆に落ち着く。
「……違うんですか？」
「違わねえけど」
「まあ、ちゃんとフォローしてきてくださいね？」
楊ゼンはそんなふうに言った。そんなふうに言うくらいならあますところなく教えるなよ、そうも思ったが、言えた義理でもなかったから素直にそこで別れた。

武成王府にたどりつき、天化を呼んで貰った。天化はすぐに出てきた。


「王サマ」
「……よお」


「今日、城行けなくて悪かったさ」
黄家は半年に一度の大掃除大会らしかった。朝、そういう連絡が来て、天化は来ないんだと判った。
「いや…それはいーんだけど」
「王サマ」
天化がナニか言おうとする。それを遮る。
「あのさ」

とにかく頭を下げた。
「悪かった」
「………」
「ホントに悪かった、くだらねえこと言って」
「…王サマ」
「ハナっから俺、ポーカーで最後に勝ったって覚えてなかったしさ。あんな賭け無効でいいからよ…忘れてくれ」
それも虫のいい話だ。忘れてくれなんて虫のいい話だった。
「いや、なかったことにしろってのも勝手なハナシだけど…好きだっていったのも、………」


バカ言って、振り回して、いや振り回されて、自分の言った言葉に死ぬほど後悔して、それで今、思う。
俺はホントに本気で天化が好きなのかも知れない。そうなのかもしれない。
「冗談だと思ってくれよ。気にすんなよ」

「王サマ」
「あのさ、天化」
それから姫発は、一日中さんざん考えた道筋でもって、天化に思うところを説明した。
天化が何にショックを受けたのか判ったつもりだったから、そこだけは誤解を解きたかった。
「ホントに好きだったら、してもいいんだからな」
「……？」
「イヤ、だから！俺がどうっていう話じゃねえよ！俺の話なんかしてんじゃねーよ！だけど、ホラ…――」
そこでコトバを区切る。一日中さんざん考えたのに、やっぱり本人を前にすると言葉に詰まる。
「お前だって木の股から生まれてきたわけじゃねえだろ？お前の親父さんとお袋さんが好きあって、だからお前がいるわけじゃん」
まるで小学校の保健の先生だった。自分でもなんでこんなことから入るかなと思う。
けど、そういう部分で天化を傷つけたんだったら、謝らずにはすまなかった。十二で下界を離れたっていうんだったら、今でも天化はものすごく潔癖なのかもしれない。
そーゆーコトを汚いんだと、それだけだとは思って欲しくなかった。

「何やるか分かって……びっくりしたかもしんねーけど、信じらんねぇって思ったかもしれねぇけど、そーじゃねぇんだ」
姫発は言葉を切った。そして最初に言った結論に戻る。
「すごく好きだったら……ホントに好きだったら、自然にしたくなるコトなんだからな？……いまお前には分かんないかもしんねえけど」

「…王サマ」
「いいから最後まで聞けよっ！」
反論されるのかと思った。っていうかなんか突っ込まれるかと思った。だから遮った。
「ホントに好きじゃなくてもしたくなるコトだってあって、そーゆーのは汚いって思うかもしれねーし、お前に軽々しくそーゆーコトしてほしくねえけど、」
何を伝えたかったのか判らなくなる――天化本人を目の前にしてしゃべっていて、判らなくなりかける。姫発は天化と目を合わせて、天化の目をじっと見て、最後に言った。
「だからさ、ホントにお互いちゃんと両方好きだったら、そーゆーコトは、してもいいんだからな？！男同士ってのはあんまりフツーじゃないかもしんねえけど、…だから、俺とお前がどうこうなんて言ってんじゃねえけど――ねえんだからな！！」
最後の最後には、自分でも何を言ってるのか判らなくなった。
「だから――」

「王サマ」
「…………」

天化が何か言いかけて、姫発はくるっと後ろを向いてしまって、そのままその場を立ち去った。お休み、その一言だけぽつりと言って、姫発は黄家を後にした。