どっちも苛ついていた。俺もそうだったし、天化もそうだった。
「いいから西岐城十周でもしてこいよ」
今更まだ賭けの話になって、いかにも苛ついてるみたいな天化にその話を持ち出されて、ホントにどうでもいいことを言った。もうそんなことどうでもよかった。
「マジメに答えるさ」
天化だったら西岐城十周ぐらいどってことないだろう。っていうかこんなどうでもいいことを言われてはいそうですかと素直に言うことを聞く奴もそんなにいないだろう。でも実際、もうなんでもよかった。なんとか冗談でやりすごしたかったから、二度とこんな話は持ち出したくなかった。
ちらりと天化を見る。今日、そういえば天化と目線を合わせたのはこれが初めてだ。


……俺以外に、こんな馬鹿な話を持ち出す奴がいるとも考えたくなかった。具体的に誰がどうと思うと、こんな賭けを持ち出すのは俺くらいだろうと思ったけど、でも一方で思った。こんな危なっかしい奴いねえよ。
賭けに負けたくらいで惚れてもいない相手とヤッてもいいなんて言い出すような奴だ。そんな危なっかしい話はない。そういう負けず嫌いはよくないとマジで思う。というかそんな性格はやっぱりちょっと直した方がいいだろうよ？

世の中には、天化を騙すぐらいわけない人間なんかいくらでもいる。俺より押しが強い奴相手に同じ話になったら、一晩目からもうヤられてたわけじゃねえか。俺以外にこんな馬鹿な話を持ち出す奴がいるとも具体的には思いたくなかったが、やっぱりそう思った。

天化がこういう性格なのは、そりゃあ地だろうが、育て方もそうだったんだろうな、と思った。天化の師匠を姫発は知らない。でも、悪い師匠に騙されなくてよかったんじゃねーか？そんな失礼なことをつい考えてみて、見も知らない天化の師匠に悪いなあと姫発は思った。
「なにボケっとしてるさ」
「…そういやお前さ」
「？なにさ」
「崑崙に修行に出たのっていくつの時なんだよ？」
「？……十二の時さ」

それを聞いた瞬間。
絶対やっちゃいけないと思った。こんな奴に俺なんかが手を出していいわけがない。絶対やっちゃいけないと思った。

十五・六で下界から離れたんだったら、惚れた女の一人くらいはいたのかもしれない。けど、どう考えても、性の知識が少年ジャンプレベルで止まってそうな奴を相手に、賭けに勝った負けたなんてそんなきっかけでやっていいわけがなかった。
そう思うとメチャメチャ腹が立った。腹が立つこと自体が理不尽な話で、俺が怒る資格はそもそもない。けど、なんか言わないと気が済まなかった。
実際口に出したら、かなりミもフタもない文句になった。ミもフタもないのは今に始まったことじゃなかったが。
「お前な、なんにも知らねーくせに安請け合いすんじゃねーよ！」
「…なんの話さ？」
そう、文脈はつながってない。
「なにされるのかも知らねえクセに、してもいいなんて言うなよ！危ねえじゃねえかよ！出来るわけねーだろ？！」
危ないのはそんな馬鹿な話を持ち出す俺の方だ。そんなことは判ってる。
「…出来ないなんて言ってねーさ」
一瞬の躊躇を感じさせながらも、それでも天化は言う。負けず嫌いにもほどがある。やっぱり腹が立った。
「出来るわけねーだろ？！なんにも知らねえクセに出来るわけねえだろ？！意地張ってんじゃねーよ！！」
「じゃあなにするさ？！」


……………やっぱりナンにも判ってなかった。
「メシでも作ってくれよ。味噌汁つきで」
「……？」
「具は豆腐となめこでな」

それで、オチをつけたつもりだった。