いつもどおりの晩ごはんだった。食べ終わるとお茶を飲んで、天化が厨房まで皿を下げに行って帰ってくると、いつもどおりお茶のおかわりを持ってきていた。
姫発は受け取って天化に茶をついでやる。のどかにお茶を飲んでいると、天化が切り出した。
「王サマ」
「なんだよ」
「おとといの話、やるんだったらさっさとやるさ」

どこまでもミもフタもない物言いだった。ちょっといいところまで行きかけたかもしれない昨日の晩のアレも、天化的にはひとつも動揺していないのかもしれない。そうなんだろう。どうしてくれようかこいつと思う。とりあえずそこまで無神経な物言いするこたねえだろが、姫発は苛立った。
「…お前な、そーゆー言い方するか？！そーゆーモンじゃねえだろが！」
「もともとアンタが言い出したことさ」
「イヤならイヤだって言えよ！！ちゃんと！！」
「…イヤだなんて言ってねーさ」

………え？

それって。
けど期待するような答えが返ってくるわけもなかった――天化から。
「負けは負けさ。アンタの言うことなんでも聞くって言ったさ」
そうじゃねえだろが！

思っていたことがそのまま口をついて出た。
「そうじゃねえだろ？！」
「……王サマ？」
天化は訝る。こいつにとって、基本的にこの世の中は勝ち負けしかないのかも知れない。そうじゃない。そうじゃないんだよ――
姫発は自分で持ち出したくだらない賭けにムキになっていた。絶対断るだろうと思って始めた冗談だった。そんな賭けに本気になっている自分にも、ただの負けず嫌いでそんな賭けから逃げない天化にも苛立った。
「お前、俺のことなんだと思ってるんだよ？！」
ホントに俺と出来るのかよ？！そう言いたかった。
言う前に、答えを言われた。
「アンタ、王サマさ」

………そうじゃない。そんなことを聞いてるんじゃなかった。そんな答えを聞きたいんじゃなかった。
でも一方で気がついていた。こいつにとって、俺はタダの王サマだ。それ以上でもそれ以下でもない。
判ってたことだ。それが当たり前だ。
「そうじゃねえよ！ホントに俺と出来るのかって聞いてんだよ！」
ミもフタもなさすぎる。けどそこまで言わないと、俺の言いたいことも理解してくれない。そう思った。
「……好きでもねえのに出来るのかって聞いてんだよ！賭けごとで勝った負けたでそんな真似していいと思ってんのかよ？！」
「アンタはどーなのさ！？」
「……俺は……」


「お前が好きなんだよ！！」


自分でも信じられない台詞を吐いていた。吐き出した瞬間、もう天化の顔は見られなかった。下を向いた。俺はバカだ――ホントにバカだ。
ああ、そうだ。きっとこう言われるに決まってる。天化の答えはもう判っていた。何バカ言ってるさ？そう言われるに決まってる。
天化の顔なんて見られるわけがなかった。

「…アンタ、――」

天化がどんな顔をしているのか判らなかった。どんな顔でそれを言っているのかも判らなかった。判ったのはひとつだ。こういうのを、フラれたって言う。
「なに、バカ言ってるさ」
天化がちょっと困ったようにそう言ったと思ったのは――ちょっとでも困ってくれたと思ったのは、俺の希望的観測って奴なんだろうか。

「冗談に決まってんだろ」
「王サマ？」
「決まってんだろーが！」
そこで終わった。その後、お互いなにも言わなかった。