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ハイテンション・ハイライト -----10-----
「………………どゆこと？」 タクヤは完全に出ていくタイミングを失う。というか、目の前で起っているのは、いったいなんなのか。 弟と離れて、ワルターは戸惑った声を上げる。 「シ…シリアス？」 「兄上」 シリアスは兄の身体を押した。ワルターは押されて後ずさる。少し身構えた。後ろは壁だ、いや、その壁はほとんど崩れている。そしてここはビルの最上階だった。 「シリアス！悪太！」 タクヤが叫んだ。タクヤから見て、悪太はほとんど壁まで追いつめられている。ヤバいじゃん、一歩間違って落ちたらどーすんだよ！？ 「タ、タクヤ？」 ワルターがようやくタクヤに気づいてその名を呼ぶ。瞬間、視線と意識がタクヤに向けられる。 「――さよなら、兄上」 次の瞬間、ワルターはシリアスに思いきり突き飛ばされた。バランスを崩す。タクヤが悲鳴のように自分を呼んだのを、ワルターはどこか意識の遠くで聞いた。 「お願いですから、最後くらいは、私を嫌いになって下さい」 シリアスの声。もう一度弟に押されて、ワルターの身体が宙に浮く。 タクヤの視界からワルターの姿が消え失せた。 そこはビルの最上階だった。 「ばかやろー！！」 タクヤはシリアスに駆け寄り、つかみかかると、感情にまかせて怒鳴り倒した。 「途中から聞いてたから話全然わかんねーけどな、なにやってんだよお前、このバカ！」 「…私は…私は兄上を許せなかったんです」 「そんなモン知らねーよ！兄弟喧嘩ならヨソでやれっての！つか、お前が悪太をなんだと思ってたってそんなのオイラの知ったこっちゃねーけどな！」 タクヤは怒鳴る。有無を言わせずまくしたてた。 「あいつバカなんだから、なんだっていいだろ？！あんなバカにこだわったってしょーがねーじゃねーか！あいつバカなんだから、殺したってしょーがねーじゃねーか！」 シリアスはタクヤの迫力に気圧された。怒っているのか泣きそうなのか、どちらでもあるような表情で、タクヤはシリアスに詰め寄る。 「バカなんだから殺したってしょーがねーだろ？！…それに、」 タクヤが突然俯く。シリアスは戸惑った。 タクヤは顔を上げて、シリアスの肩を揺さぶった。そしてもう一度、思い切り感情をぶつけて、声を絞り出すようにして言う。 「バカだけどな、悪太はバカだけどな、…バカだけどいい奴だろ？！悪太は、ドラン達を返してくれたんだ！」 言うだけ言って、タクヤは肩で息をする。怒鳴りすぎて脱力したのだ。 シリアスはそんなタクヤをじっと見つめていた。 「兄上があなたを信じたように、あなたも兄上を信じていると言うことですか」 「ハァ？」 「ここに来たのがあなたでよかった。多分私は、あなたに来てもらいたかったんでしょうね」 シリアスが語り始めた内容を、タクヤは理解できない。ワケわかんねえ、そう思いながら、タクヤはふと現実に戻った。 「そだ、悪太拾ってこねーと」 勇者達の戦いは、ここに至って、ようやく終わったようだった。大量にいた足止めのエクセルギアの最後の一体が破壊される。タクヤが勇者達に向かって呼びかけた。 「みんな、悪太は？！運良く拾っちゃってたりしない？」 『それが、主よ』 「そっか、駄目だったか…悪太、オイラが立派に葬式出してお骨拾ってやるからな。死体ぐっちゃんぐっちゃんだろーけど、ちゃんと家まで届けてやっからな」 タクヤは妙にディテールの細かいことを言い出す。さっき上ってきたエレベーターの方向へ走り出した。 タクヤが向きを変えた瞬間、後ろから聞き慣れた声が響く。 「ええい、人を勝手に殺すな！！」 聞き慣れた声。聞き慣れた口調。 タクヤが振り返ると、そこには。 「私は死んでなどおらぬ！」 『船長は無事だぜ』 「キャプテンシャーク？！」 タクヤが叫ぶ。ワルターは、キャプテンシャークに乗っていて、無事だった。 ワルターはもう一度、最上階の床を踏みしめた。裸足で、ガラスや瓦礫を踏まないように歩く。ふっと目線を少し遠くにやって、ワルターは、目を向けた方へ歩いた。 そこにはペンダントが落ちていた。 ワルターは黙ってペンダントを拾い、シリアスと、その傍らのタクヤがいる方へと歩く。近づいてシリアスにペンダントをすっと差し出した。 「…兄上」 「シリアス、お前のものだろう」 シリアスは兄から、ペンダントを受け取った。 もとはと言えば、シリアスがわざとこの部屋に置いておいたものだった。あからさまに自分の持ち物があったら、兄上はどう思うだろうか。そう思って、置いておいた。犯人だと疑われるのか、シリアス自身も捕らえられていると思うか。どうやら兄は、後者であったらしい。 シリアスにペンダントを渡すと、ワルターはタクヤを見下ろした。 「心配をかけたな」 さらっと笑って、ワルターは二人に背を向ける。さっきタクヤが入ってきたドアの方向へ、彼は静かに歩いていった。 「お、おい悪太！」 タクヤが呼びかけたが、ワルターは答えない。 『主！』 タクヤの胸のゴルドシーバーから、ドランの声がする。 「ああ、ドラン、こっちは一件落着だから」 『そのようだな』 「ほえ？」 『さきほどこちらに戻ってきた。いま、ビルの下にいる』 ドランは、ゴルドシーバーの向こう側でそう言う。 「うん、悪太いまこっちにいる」 『主よ、シリアスは？』 「シリアスもここにいるよ」 タクヤはもう一度、ワルターを見やった。 彼は一人でここを出ていこうとしている。その後ろ姿をタクヤはじっと眺めた。 「…ここすっげーシリアスな場面なのに、悪太のパジャマ見ると台無しだよな」 緑にピンクのハートマーク。全ての緊張感をぶちこわしにする、結構な究極アイテムかもしれない。 タクヤがぼそっと漏らした感想に対して、シリアスはちらりとタクヤを見たまま、また黙り込む。 ワルターの足下になにやら転がっている。彼は気づいて、気になったのかそれを手に取った。落ちている物体が何物であるのか確かめているらしい。タクヤはそのさまを遠目に伺う。そういえばさっきなんか蹴ったっけ？タクヤはそんな気がした。部屋に入ってくる時。 「おい、そこのにーさん！」 「ほえ」 声がする。さっき聞いたような？タクヤは声の方向を見た。階段とエレベーターに通じる扉から慌てて入ってきたのは、さっきタクヤが途中の階で出会ったおじさんだ。 「おじさん、どーしたの？」 「坊主たち、危ないって言ったろ！…そこのにーさん、そんなもん手に持っちゃ…いかん！」 おじさんは腕時計を確認した。確認したとたんに、おじさんは部屋の外へ慌てて逃げ出す。 次の瞬間、ワルターから閃光が走った。正確に言うと、ワルターが手に持った物体から。豪快な爆音と煙がワルターを包む。 「うわ！」 タクヤは爆発に吹き飛ばされないように足を踏ん張る。シリアスも同じだった。 爆発の後の静寂。おじさんが階段を上がり戻ってきて、タクヤたちに言った。 「あーあ、にーさん大丈夫かね」 「おじさん、あれなに？」 「今日は取り壊しのテストがあるんだよ。強度を確認しなきゃならんから、小型の爆弾を転がしといたんだけどな。あのにーさん大丈夫か？」 「んー、ちょっとやそっとじゃ死なないと思うけど」 「そっか？ところで、なんで壁まで壊れてるんだ？つーかお前さんがた、こんなとこでなにしてるんだね」 おじさんは、崩れた壁を見て不思議そうな声を上げた。おじさんは、部屋の中に爆弾を放り投げただけで、壁まで破壊するつもりはなかった。爆弾を部屋に放り投げた時も、一瞬ドアを開けただけのことだったから、誰かがいるとは思わなかったらしい。 「んー、ま、気にしないで、おじさん」 おじさんに適当に答えたタクヤは、そのままワルターを見る。 煙が晴れてみると、爆弾の直撃を受けたワルターは半分くらいは昏倒していた。 「なんでこうなるの…」 タクヤは笑う。客観的にはそれも酷い言い分なのだが、悪太らしいなと思った。 「やっぱ最後までどシリアスに決めるなんてのはおめーには無理だよな、うん。な、悪太♪」 「おにょれ…」 ぴくぴくと手足を動かしながら、ワルターはタクヤに文句を言いたくて仕方ない。だがそこで力尽きたらしく、ワルターはばたっと倒れ込んでしまった。 この場を締めたのは、彼の勇者の一言だった。 『しょーがねーなあ、船長は』 |