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ハイテンション・ハイライト -----９-----
「はっ」 揺れる車中。カーネルはドランの後部座席で目を覚ます。 「気づいた？」 ダイの声が前から聞こえた。カーネルはがばっと起きる。 「じーさん、大丈夫か？」 「若君は？！」 「まだわかんねえ。タクヤが行ったけどな。レオンたちが交戦中だ」 エクセルギア軍団の襲撃で倒れ込んだカーネルを、ダイが抱えてドランの中に押し込んだ。そのままドランを走らせ、なんとか安全域まで来ている。 「若君…ドラン、先ほどのビルに戻るのです！」 カーネルは跳ね起きると、運転席のシートを掴み、ドランに指示を出す。 「戻ったら危ないぜ、じーさん。ここはタクヤにまかせて」 「若君をお一人で死なせるわけにはいきません！」 カズキの言葉を遮って、カーネルは叫んだ。 「じーさん。いくらなんでも、シリアスだって悪太を殺しゃしないだろ。兄弟なんだから」 「若君…」 カーネルの脳裡に、ワルターの声が浮かんだ。通信が途絶する直前の声だ。 「イヤな予感がいたします。若君の身になにかあったら、この爺は生きてはいられません」 「カーネルさん…」 ダイが心配そうに呟いた。 「あの時、若君は死ぬおつもりでした」 「あの時って？」 突然のカーネルの不穏な言葉に、カズキが怪訝そうな声を上げる。 「皇帝陛下に見限られ、シリアス様に裏切られた時です。若君はあの時、この爺一人を残して、死ぬおつもりでした」 「死ぬつもりだった？」 「あの、悪太が？」 カズキとダイが交互に言う。バカの代名詞みたいなあの悪太が、自分の死を覚悟していた。今更明かされたその事実に、カズキとダイはそのまま黙り込む。カーネルはさらに言い立てる。 「レジェンドラへの旅路の途中、休戦協定を破ったシリアス様の元へ若君が赴かれた時も、この爺に黙って行ってしまわれました。デスマルクを止める時も、若君は私たちだけ脱出させ、…」 レジェンドラの門を通過する際、休戦協定を破って勇者達を攻撃したシリアスのもとへ、ワルターは単身赴いた。皇帝が放った、恒星間弾道弾デスマルクを止めるための最後の戦いの時も、ワルターは、カーネルとシャランラを先に脱出させていた。 それは間違いなくワルターの思いやりではあるのだが、カーネルにとっては、それは残酷な仕打ちだった。二十年間、大事に育ててきた若君に置いていかれて、一人生き残っても辛いだけだ。 「もう私は、若君に置いていかれるのはイヤでございます！！」 長く王子に仕えた執事の、それは悲痛な叫びだった。今またワルターは、カーネルの届かないところで危機にさらされているのかもしれないのだ。 「若君は私が命に替えてもお助けいたします！ドラン、早く…」 「なあ、じーさん。話は分かったけどさ」 執事の話を聞き終えたカズキが、敢えて冷静に話しかける。 「悪太だって、あんたが命懸けちまっても嬉しくないと思うぜ」 だから落ち着けよ、カズキは言った。ダイが続ける。 「大丈夫だよ、タクヤくんがいるし、みんな戦ってる」 「お子たち…」 「それにドランもいるしね」 「よし行くぞドラン、さっきのビルへ戻るんだ！」 『心得た！』 ビルの外では勇者達が、エクセルギア軍団と戦っていた。その様子をちらりと眺め、シリアスは改めて、兄に銃口を向ける。 「私を憎んだことなど一度もないと、兄上は言いましたね」 さっきまで何度発砲しても、兄の身体を掠めるほど近くにも撃たなかった。けれど今度は、兄を真っ正面に見据えて、シリアスは銃を構える。 「私は兄上のそういうところが一番許せないんです。私は兄上がいたおかげで不遇をかこって、兄上を恨んだのに」 ワルターは足のロープを切り、銃で鎖を撃ち抜かれた手錠の拘束は外され、両手両足とも自由の身だった。シリアスがそうしたのだ。自由の身になったら兄はどうするか。隙をついてなんらかの形で反撃しようとするのか。それとも、抵抗もせずに、黙って話を聞いているだけ？ ワルターは抵抗も反撃もしなかった。そして兄は、弟から目を逸らさずにいる。 「シリアス、私をどうしたい。こんなところへ連れてきて、どうしたいのか聞かせてくれ」 「私が兄上をどう思っているのか、お話ししたつもりです。私は兄上がずっと嫌いで、兄上を憎んでいました。それは今でも変わりません」 シリアスは目を閉じる。 「泣いて駆け寄って和解するなんて子供じみた真似もしましたが、あれは気の迷いと思って頂いて結構です。人間、極限状態に陥れば、誰だって性善説に振れるものですから」 言い切って、シリアスはゆっくりと目を開けて、兄を見上げる。 この人はいま、怒っている？悲しんでいる？困惑している？それとも―― 「だから兄上」 この人は今、どんな気持ちでいるんだろう。 「兄上も私を憎んでください」 「シリアス！悪太！！」 タクヤはようやく最上階にたどり着く。エレベーターを出て、すぐそばにあったドアに手をかける。鍵はかかっていないらしく、ドアノブはあっけなく回った。なにか小さな物を蹴飛ばしたことに、タクヤは気づいていなかった。 「悪太！」 「…シリアス」 長い沈黙のあと。ワルターがようやく口を開く。 「お前が何を考えていようと、今でも私を憎んでいるのだとしても」 タクヤが開いた扉の先に、二人の兄弟が立っていた。ほとんど壊れかけて空が見える壁の前に悪太が立っているのが見えて、シリアスは兄を追いつめるように向かい合っている。 「シリアスよ。私にとって、お前が大事な弟であることには変わりない」 兄は言った。 多分そう来るだろうと、弟はもう判っていた。それでも刹那、激情にも似た憤りが胸中を掠める。 シリアスは銃を捨てる。そして兄に一歩一歩近づいていった。 もうほんの少しで身体が触れるくらいに歩み寄ったところで、シリアスは兄を見上げた。ばかで、能なしで、子供じみていて、周りのみんなを困らせる兄だった。それなのに皆、誰もこの人を嫌っていない。この人を憎んだのは自分だけだ。 形で現せるもので、なにひとつ兄に劣るところはないのに。全て兄に勝っているのに。それでもシリアスには、手に入れられなかったものがあった。 自分を憎んで、殺そうとした相手を簡単に赦すなんて、考えられないことだった。誰かのために全てを捨ててもいいなんて、愚かなことだと思っていた。 シリアスはずっと、そういうものを持っていなかった。けれど、兄はそれを持っていた。 そんな兄だからこそ、目の前に勇者が落ちていた？もしかして、そういうことなのかもしれない。 だからシリアスは、兄が憎かった。 「兄上」 「…シリアス」 シリアスは兄の身体に手を触れる。趣味の悪い柄の寝間着を掴んで、兄を引き寄せた。自分とよく似た顔の造作。この人は私の兄だ。シリアスは改めて思う。 シリアスはつま先立ちをして背伸びする。これで、届く？ シリアスは兄に口づけた。 |