| … |
ハイテンション・ハイライト -----８-----
「最初に言っておきますが、兄上と私は違います。全く違うタイプの人間だと、まず認識してください」 シリアスは言った。 「兄上と私は違います。違うから嫌だった。兄上は何も出来ないくせに私の上に立って。たかが先に生まれたからというだけで」 八歳年上の兄は、全く無能であるとは言わない。それなりに大使としての仕事は勤め上げているのだから。だが、シリアスと比べてみればその才能には大きな差があった。数値で現れる部分で圧倒的に兄を上回っていた弟は、兄が兄であるというだけで、自分の上に立つ存在であることに納得できなかった。 私の方が兄上よりも優れている。シリアスはずっとそう思ってきた。 それとも兄上は、私にはない、なにかを持っているというのか？ そんなものはないと、シリアスは思った。兄が自分に勝っている部分など、全くない。 いつも、バカみたいに笑っているだけで。我慢がきかない性格で気が短くて、感情をすぐあらわにして、周囲を困らせ、手をかける。 「兄上を見ていると、苛々するんですよ。どうしてこの人が人の上に立っていられるのか。どうして周りはあっさり従っているのか。ただ、兄上が第一王子だというだけで」 シリアスはため息をついて呆れるそぶりを見せた。そして言う。 「私ならもっと上手くやれるのに。兄上なんかより、ずっとうまく出来るのに。周りに助けられることもなく、全て自分で出来るのに。私はずっとそう思ってきました」 シリアスは思い出す。あの日のことを。 本国で父に呼び出され、兄に代わってレジェンドラ探索を命じられたあの日のことを。 「――だから私は、父上から、兄上が用済みだから抹殺して構わぬと命じられた時、嬉しかったですよ。無能な兄上をようやく排除できると思いました。ですが、兄上は――」 ワルターは黙って弟の言葉を聞いていた。 「兄上は、私を、父上を裏切って、お子たちの側につきましたね…兄上」 そこでシリアスは言葉を切る。そして兄に問いかけた。 「教えてください、兄上」 「なにをだ」 「あの時、パワーストーンを手にした時。兄上が復活の呪文を唱えた時」 ワルターは復活の呪文を唱え、勇者を蘇らせて彼らに命じた。あのお子たちを主として崇めよ、と。 ワルターは、タクヤたちに勇者を返した。 「あの時、兄上はなにを思って、私を裏切ったんですか？どうしてお子たちに味方したんですか？」 「…私はあの時、皆を助けたいと思った」 「助けたい？」 「それだけだ」 「それで全部捨てたんですか」 「元々捨てるつもりだった」 それとも。捨てなければいけないものは、何も残っていなかった。 「そうですね。そういえばそうでした。捨てさせたのは私です」 国も家族もなにもかも、兄に捨てさせたのは、シリアス自身だ。 原島タクヤは、最上階に向かって走っていた。走り通しで、さすがに息が切れてくる。 「最近運動不足かな…あと何階だよ？」 ぜーはー言いながら、肩で息をして呼吸を整え、タクヤは壁に手をついた。ちょうど１階分階段を上りきったところで、少し先にエレベーターが見える。 「あーあ、エレベーターで行けば一気なのにな」 誰もいない廃墟ビルで、それは無理だと判っている。けれどタクヤはエレベーターに吸い寄せられた。 「なぁエレベーターちゃん、お願い開いてよ！オイラもう疲れたよ！」 …ちーん。 「ほえ？」 タクヤが音に顔を上げると、エレベーターがあっけなくご開帳する。そこには作業服を着てヘルメットをかぶったおじさんが一人乗っていた。おじさんは手荷物を抱えていて、この階で降りるらしい。 「どうした坊主、このビルは立ち入り禁止のはずだぞ。遊んでないで帰りなさい」 「おじさん、このエレベーター使えるの？」 「取り壊し作業に必要な道具を運び入れるから、今日は電気が通ってるぞ」 「上まで行ける？」 「そりゃあ…ところで、下が騒がしいようだが、なんか撮影でもあるのか？」 「おじさん、悪い！使わして！！」 「お、おい坊主！いま最上階には…危ないぞ！」 タクヤはエレベーターに乗り込んだ。最上階のボタンを押す。 「話がずれましたね。すみません、兄上」 「…いや」 シリアスは笑う。どこまで話したっけ。無能な兄上を排除できるのが嬉しかった――そこまでだ。 「その後、チョラモンマで、私は兄上を月まで飛ばしました。そこで兄上はキャプテンシャークを手に入れたわけですが」 「ああ」 「兄上が宇宙で生きているとは、私は思いませんでしたよ。とっくに死んでいると思っていました。まさか、勇者を手に入れていたとは思いませんでしたよ」 シリアスは自嘲気味に笑う。これは言うべきなのか。ここまで言ってしまっていいのか。いや、この鈍感な兄は、一から十まで全て説明しないと、きっと理解できないだろう。 「本当は、私は、勇者が欲しかったんですよ」 「勇者が？」 「そうです。兄上は、ずっと勇者を手に入れられなかった。だから兄上が手に出来ない物を私が手にしたかった。そうすれば必然的に、私は兄上よりも優れた存在となるわけです」 形にして示せるもので、今までシリアスは全て兄を上回ってきた。 だから形に示せるもので、これまでと同じように、自分の優位を決定づけたかった。 だがシリアスは勇者獲得において、初めて兄に完敗したのだ。 「まさか兄上が宇宙で勇者を手に入れるとは思いませんでしたよ」 ただの偶然の成り行きで、兄は、自分だけの勇者を手に入れてしまった。 「兄上は野垂れ死んでいると思いました。宇宙の藻屑と消えたかと思っていました。この私を恨んで」 ほんのさっき、兄は言った。私はお前を憎んだことなどないと。 けれど自分は、兄に憎まれたいと思った。恨まれたいと思った。 「恨んで欲しいと思いましたよ。私は兄上を憎んでいたのだから、兄上にも私を憎んで欲しかった」 それなのに、目の前にいるこの人は。 「…あんな脳天気な勇者を連れて現れるんですからね。しかも兄上も揃ってあんな間抜けな格好で。なにが正義の宇宙海賊ですか」 「シ、シリアス！お前も最後はノッていたではないか！最終回で…」 「うるさい！！」 緊張感が削がれそうになった展開をシリアスは強引に引き戻す。これじゃまるでヒステリーだ、我ながらそう思い、みっともないとも思ったが、シリアスは話を元に戻す。 「それで私を正義の道に更正させようと言うのですからね。兄上はお人好しもいいところです。普通、自分を殺そうとした弟を、そんなあっさりと許しますか？」 「…シリアス」 「どうして私を信じるんですか？私は兄上を裏切ったのに」 「私たちは兄弟ではないか」 「他人なら信じないんですか？兄上は、あのお子たちのことは信じたのでしょう」 「お子たち…？」 ワルターははっとして、外を見た。見下ろすと下にはエクセルギア軍団と、勇者たち。 「お子たち？カーネル！」 「他人の心配もいいですが、あまりそっちに行くと落ちますよ。ここから落ちたら、いくらなんでも助からないでしょうね」 |