| 怪獣マーチ☆第一話→NEXT |
今日も平和な周の都、西岐の夕暮れ時。軍師太公望は、沈み行く陽を眺めながら顔をしかめた。 城の欄干に手をついた太公望は眼下に広がる光景を眺める。城に続く道に、この城の若き王の姿は見えない。昼に勝手にさぼって出かけたきり、戻ってこないのだ。 太公望は頭を抱えた。 「相変わらず…」 「あの人のサボり癖は一生治りませんよ」 軍師の横で、周の宰相たる周公旦がつぶやく。 「今日は天化さんとお二人ですか？若い方お二人で街中を散策するならさぞかし楽しいでしょうね」 「おぬしはあやつの弟であろうが…」 太公望があやつと言い、周公旦があの人と呼ぶ。周の武王、姫発。 彼は根っからの遊び人で、その根性は王という座についた今もなかなか抜けず、その気安さが皆に愛されてはいるものの、周囲の人間はため息をついてあきれることも未だ多い。 護衛役としてそばにおいている天化も、積極的にさぼりに荷担するわけではない。しかし姫発の王としての立場を慮って、若い王がふらふら出歩くのを止めたりすることはなかった。 たぶん、そういうことは、たいしたことではないと思っているのだろう。あの二人を組み合わせたのは失敗だったか…太公望は思わざるを得ない。 髪をぐしゃっとやって、うつむいて顔をしかめた。 「太公望、あれは？」 突然、横で周公旦の声がした。 「へ？なんだ？」 「あれです」 下に広がる風景。子供が二人歩いてくる。小さい子供だ。 「………あれがどうした？」 「なんであんな子供が」 「城の者の家族ではないのか？」 そこで太公望は、二人の子供を初めてじっくり眺めた。 子供が二人。一人は泣いていて、もう一人が泣いている子供の手を引いて歩いてくる。 手を引いて先を歩いている方の子供は、なぜだか頭にハチマキを巻いていた。 泣いている方の子供は、うつむいているから顔がよく見えない。 「迷子ですかね」 これは周公旦のコメント。太公望は反論する。 「なんで城に迷子が迷い込むのだ」 「さあ、そんなことを言われても」 「…まあよい、スープーいるか？」 「はいっス！」 太公望はなにか引っかかるものがあって、四不象を呼んでみた。控えていたのか、四不象はすぐに現れる。太公望はすかさず四不象に乗った。 急降下して、二人の子供の前に降り立つ。 「どうしたのだ、おぬしら二人」 太公望は子供二人をのぞき込む。一人はハチマキを巻いていた。そして顔には、鼻筋にすっと傷が一本。大きな瞳。どこかで見たような特徴だった。 「まいごつれてきたさ」 しかも、語尾が「さ」だし。 わあ、と太公望はイヤな予感にかられた。しかしそのイヤな予感は突拍子がなさすぎて、太公望は自分の仮説を自分で否定して、とりあえず子供に話しかける。 「迷子、だと？」 するとその子供は、後ろで泣いているもう一人に向かって言った。 「ついたさ」 太公望は状況を理解しようと試みた。 ハチマキを巻いた子供は、迷子をここまで連れてきた。「着いた」と話しかけるからには、迷子の自宅はここなのだろう。ここというのは西岐城で、西岐城が自宅である子供というのは、いったい何者なのだろうと太公望は迷う。 その１。姫昌には実は隠し子がいて、今まで日陰の身で暮らしてきた。 いや、そんなことがあるのだろうか？姫昌は、自分の子供を隠して日陰の身で暮らさせるような、そんな男では決してないのだ。そんなことはありえない。 さりげなく姫昌に心酔しつつ、太公望は現実に立ち戻る。 後ろでべそべそ泣いている子供に話しかけようと試みた。この子供に話を聞けばいいのだ。 「おぬしの家はここか？」 「………」 泣いていた子供は、太公望に問いかけられて、こくりとうなずいた。こっちの子供は……ちょっと肩まで伸ばした髪とか、つり目がちの瞳とか、そんな印象がまず残る。 「おぬし、名前は？」 「え……」 「なまえいうさ！」 ハチマキの子供が一緒になって問いつめる。これこれそんなかさにかかって言うものではない、太公望はハチマキの子供をたしなめてみる。 ハチマキの子供は、太公望に何を怒られているのか分からないらしい。（かさにかかって言うものではない、という表現は子供には難解だった）なおも言い募る。 「なまえ！」 「…なまえ…」 「そうだ、名前だ。おとうさんとおかあさんのところに行くには、名前が分からなければならん」 「おとうさん？」 「そう、おとうさん」 ちっとも話が進まない。どうしたものかと思ったが、しかし相手は子供だ。いたしかたない。太公望は自分をなだめながら、もう一度子供に問うた。 「おぬしの名前を教えてほしいのだ」 「なまえ？」 「うむ」 「………んーと。はつ」 ―――ええと… 「はつ！」 子供は元気よく叫ぶ。 そういう名前の王がいる。いま、太公望が戴いている、武王の名だった。 |
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