勝者たち 桜木みなと

生まれて初めて人を殺した。
天化が死んだ。
名実ともに戦争が終わって、オレは本当に王になった。

「今日は疲れたでしょう。もう休んでもいいですよ」
「……どーせ眠れねーよ」
二度遠征して、何年もかけてようやくたどり着いた禁城は、がらんとして空き家に近かった。
「そーだ。天祥、どーした？」
黄家一族は旧・武成王邸に宿営していると楊ゼンが答えた。今日のあなたがそんなことまで心配しなくてもいいんですよという顔だった。正直、口に出してみただけで誰かを思いやる余裕なんて全然なかった。
「寝るならベッドにして下さい」
「眠れねーって言ってんだろ……」
冷たい石の床にごろんと転がると、朱で塗り込めた天井が見えた。瞼の裏であざやかに光る、紂王の首から迸った鮮血。でも次の瞬間には魂魄が飛んで、首も胴体も残らなかった。
「あなたは明日から忙しくなるんだ。倒れられたら皆が迷惑です」
いつかどこかで聞いたようなセリフを無神経に楊ゼンが吐く。オレは疲れていて、本当に疲れていて、何の感情も湧いてはこない。
「天化くんが死んで悲しいですか？」
椅子を引いて楊ゼンが立ち上がる。心は何も感じないのに、背中は床の震動を感じる。
「…………」
「武王、いい加減に休んで下さい……頼むから……王サマ、俺っちの言うこと聞いて……ちゃんと眠ってほしいさ」

楊ゼンは可哀想だ。

床に膝をついて、天化そっくりな姿をした楊ゼンが髪を撫でる。手のひらで頬を包み、唇にも触れる。慈しむような、叱るような目でオレを見下ろす。
「王サマ」
コイツは人間じゃない──こんなことをするのは人間じゃなかった。
この年になると分かる。人間は呆れるくらい同じだ。大事な相手を失くしたら、一万人のうち九千九百九十九人は同じ反応をする。でも、その残りの一人とすら楊ゼンは違う。

きっと、どこまで行ってもコイツはひとりだ。
コイツはコイツなりにいろんなことを悲しんでいて、でもその悲しみの中身が、オレには分からない。オレだけじゃなくて、きっと太公望にだって分からない。オレはバカだけど、天化に化けた別のヤツを天化と重ねられるほどバカじゃない。そんなことも楊ゼンには分からない。
「王サマ……どうしても寝られねぇさ？」
楊ゼンはずっとオレのことが好きだったんだろうと思った。
好きだから、疲れ切ったオレが見てられなくて、天化に化けて抱いてくれようとしている。空っぽのオレを心からいたわって。

「ん、はあっ……楊ゼン、ツラい」
天化の顔の楊ゼンが、少しだけ困った表情をする。
「も…っと、やさしく……っ」
「王サマ」
体がキツいのは事実だったし、困った顔でオレを見下ろす楊ゼンが可哀想だわオカシイわ、本気で涙が出そうになる。
「あ……ぁ！天化っ」
天化の名前を呼んでやるとホッとして力を緩める。涙がこぼれるかと思ったけどそうはならなかった。
「王サマ、大丈夫さ……？」
「……っう…」
天化に悪いとは思わなかった。天化はコイツを許すはずだから。ひどく人間とかけ離れてて、なのに人間に愛されたがってるこの可哀想な男を、オレ以上に憐れむはずだから。何で確信できるんだろう？今朝、アイツは死んじまってもういないのに、どう してそうだって思えるんだろう。
天化とオレは寝たことがなかった。どっちかが女だったらどうなっていたか分からない。……だけど、そうじゃないからキスの一つもしなかった。
「は……ぁ、あぁ」
「王サマ…っ」
好きだったけど、手が届かないと思った。誰のものにもならない性格だった。でも、それは誰だって同じだ。その中で誰と誰が一番近いかっていうだけだ。
寝ればよかった。縛りつけてでも抱くべきだった。アイツの言い分を聞き入れないで、強引に引き留めるべきだった。アイツは不安に苛まれてた。オレが一番よく分かってた。オレが助けてやればよかったんだ。

コトが終わると、楊ゼンはすぐに変化を解いていつもの道服姿に戻った。ベッドに座って壁に背をもたせかけた顔は、逆光になって見えなかった。
「僕はね武王、太公望師叔たちと違って、仙人界で生まれたんです。実の父も、育ててくれた師匠も仙人だった。だから一人の人間が年老いていくのを見るのは、あなたが初めてなんです。まあ、天化くんもそうかな。初めて会ったのは彼が12才の時だったから」
「オレ、老けたかな？やっぱ」
12才の天化の話は聞きたくなかった。誰の口からも、二度とアイツのことは聞きたくない。
「あなた、一目惚れでしょう？しかも初恋だったりして？」
「オマエはどーなんだよ。いつオレに惚れたワケ？」
オレも天化も、お前のコトは好きなんだぜ？きっとそういうところがオレたちの共通点だ。残りは違いすぎて──本当に違いすぎた。
「聞いてどうするんです。あなたが僕を救ってくれるとでも？」
そんなことは不可能だった。
オレたちはもう一度寝た。オレと、天化に化けた楊ゼンと。早く朝が来てくれるのを願いながら。

読み切りっつーか設定単発です。なぜかってーと3333楊発リク挫折シリーズその2！だったんですねこれは（ああすいません倉瀬さん…ていうか先日はどうもろくろくご挨拶も申さず失礼を）。それがなかなか楊発にならず苦慮していたところ、みなみさんが「武王様借金完済計画」を書いてくれたので、まあ楊ゼンにあんまりな話だし、闇に葬ってあったんですね。
ところが先々週のWJで楊ゼンの天化変化が！！彼的に善意の文脈なのはとてもものすごく分かるんだけど、望ちゃんの前で天化と普賢に変化って相当だよ…。思わず復活させてしまいました（爆）