「悪ぃ……ほんっとーに今日はすまねえ！今日ばっかりは仕事すげえ溜まってんだよ…多分帰り、すっげー遅くなるけどゴメン！」
姫発は天化に謝り倒した。どれだけ謝っても足りないような気がしたが、それでも仕事が鬼のようにあることも事実だった。せっかくの、新婚初夜だというに。

それというのも結婚式を十日もやっていたからだ。武王の結婚式ということで、近隣諸侯を集め連夜の披露宴。ようやく解放された今日から通常業務が待っていた。たまりにたまった決済用件が待っていた。
「しょーがねえさ」
天化もそれが判っていたから、怒りもしなかった。体壊さないようにやるさ？そんなコトバまでかけてくれて、その朝、二人は別れた。


「武王、次はこっちです」
「まだあんのかよ！」
「小兄様、さきほどの書類ですが…」
「だーっ！なんなんだよっ！！」
執務室には竹簡が積めるだけ積まれていて、そこにいる面々は、それぞれ死にそうなくらいの事務処理に終われていた。十日間業務がストップしたパニック状態を一刻も早く取り戻さなくてはいけない。
「今日は帰れないと思って下さいね？武王」
「冗談じゃねえ！午前様になろうが帰るからな、俺は！！」
「そんな、二時三時に帰ったってしょーがないじゃないですか…」
「うるせえ！てめえみてえな奴に新婚家庭のなんたるかが判ってたまるか！」
「いいから仕事せぬか！！」


その夜のことである。
「……てんか……」
ぼけっと王サマを待っていた天化の耳に、聞き慣れた声が入ってくる。がたん、と椅子を立って、天化は玄関までばたばたと走った。
「王サマ？」
今にも倒れそうな姫発が、玄関先で天化の名前をもう一度呼ぶ。
「王サマ、大丈夫さ？！」
「だいじょー…ぶ…」
最後のコトバも聞き取れないまま、姫発の指先から力が抜ける。そのままくーっと寝入ってしまった。
もう二時を回っていた。それでも姫発は、せっかくの初夜に、ちゃんと帰ってきたのだった。もう真夜中もすぎていたけど、それでも意地でも帰ってきたのだった。疲れて爆睡する王サマを天化は抱えてベッドまで連れていった。その晩、天化は姫発の隣でぐっすり休んで、明日の朝を待った。

「王サマ、起きるさ」
「あれ…？いま何時だ？」
「八時さ。もー仕事行く時間さ」
天化は姫発にカフェオレを用意してくれた。今日はぜってえ早く帰るから、姫発が意気込んで宣言すると、待ってるさ、天化はそう言って笑った。