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ハイテンション・ハイライト -----13-----
「へ？」 タクヤの間抜けな声を挟んで、シリアスはひと息つき、そして再び語り始めた。 「兄上は優しいから、私がなにをしても突き放せないのだと思います。そんな兄上に向かって、あなたを愛していますなんて、きっと困らせるだけですから」 諦めたような、シリアスの声。 急にトーンの変わった態度に、タクヤは虚を突かれ、そのままシリアスの言葉に聞き入ってしまう。 「だから私は、兄上が嫌いだと言いました」 「嫌い？」 「私が兄上をまた裏切れば、兄上も私を嫌ってくれるかもしれません。だから言ったんですよ。あなたが憎いって」 「…」 タクヤは黙って聞いていた。シリアスの髪を撫でる風は優しく、悲しげな少年は、なびく髪をこころもち押さえながら少し笑う。 「私が、あなたたちをこの一件に巻き込んだのは、」 「へ？」 「あなたたちが必死になって兄上を助けに来る姿をこの目で見れば、私が余計悪人になれると思ったからですよ」 「…シリアス…」 シリアスの言っていることが全てタクヤに通じたわけではなかった。 判らないところもある。だけど判るような気もする。 タクヤは言った。 「でも悪太は怒ってねーよ、お前のこと」 私にとって、お前が大事な弟であることには変わりない。あのビルの最上階で、悪太が言った。タクヤはあの時、そこから二人の会話を聞いている。 そしてさっきもこうだった。シリアスは一度も私を撃たなかった。 だから悪太は怒ってない。タクヤには判っていた。悪太がそういう奴じゃないことは。 「でしょうね」 シリアスは答えた。そんなことはもうわかっていた、そんな顔をしていた。 改めてシリアスはタクヤに向き直り、タクヤの顔をじっと見る。 「――でも私は本気ですよ」 「え？」 「本気で兄上を愛しています。だから嫌われたかった。兄上が私を嫌ってくれれば、私は兄上から離れられると思って、私は兄上を突き落としました」 「ホントに殺す気だったわけじゃねーんだろ？」 「さあ。ただ、兄上を突き落とした時、私の位置からキャプテンシャークが見えたことは、確かですが」 「――だったら」 「どう思って頂いてもかまいませんよ。ただ、私が本気で兄上を思っていることだけは、どうしようもない真実です」 シリアスは断定するように言い切る。 タクヤはシリアスを見た。シリアスに迷いはない。タクヤはたった一言だけ、シリアスに問いただす。 「…ホントに、マジなのかよ」 タクヤの言葉に、シリアスは微笑で応じた。一度俯き、そして顔を上げ、そのまま彼は空を見上げる。 風が強く吹いた。風は二人に向かって吹きつけ、やがて風が止むと、シリアスはタクヤを見つめる。シリアスとタクヤはそこで再び目を合わせた。 ようやくシリアスが口を開く。 「私が本気かと、そう聞くんですか？」 「…シリアス」 「もちろん、冗談です」 「はい？」 クラシカルな表現にすると、タクヤの目が点になる。シリアスは、そんなタクヤを見て、呆れたように笑ってみせた。 「今の話を全部信じたんですか？あなたも兄上に負けず劣らず騙されやすい人ですね」 「………」 「軽い防災訓練ですよ。まったく兄上の身辺は警護がなっていないにもほどがある。だから私がリスク管理のなんたるかを、身を以て示したわけです」 シリアスはもう一枚ディスクを出す。タクヤは呆然とその様を眺めた。 「こちらが、私が独自に作成した危機管理マニュアルです。これを今から兄上に提言して、大使館の人員編成からやりなおしますよ」 「悪太いま、おひるね中だけど」 「では起きてからでいいですね」 シリアスは二枚のディスクを懐にしまい込んだ。そのままタクヤを通り過ぎ、階下へ歩いて行こうとする。まるでなにもなかったように。 「シリアス！」 タクヤが呼んだ。シリアスが振り返る。 「なんですか？」 「オイラ迷子になったんだけど」 「階段を下りて、すぐ下の階に行ったら、ドアを開けて右手10メートル先のエレベーターで1階まで降りれば、通用口近くにに出ますよ」 シリアスはそう説明して、タクヤを置き去りにしていく。 取り残されたタクヤの中には、なんとなくすわりが悪いような、居心地の悪いような、釈然としないような、さまざまな気持ちが入り混じっていた。 タクヤはとりあえずゴルドシーバーを掴んで、ドランを呼び出す。ドランは大使館の駐車場で待たせてあった。 「おい、ドラン！」 『どうした、主』 「お見舞い終わったから、今から下行く」 タクヤは通信を切った。ぼちぼち帰ろうと、シリアスがさっき出ていったように、屋上の通用口へとすたすた歩く。なんとなく首を傾げた。なんだかなー、まだタクヤの中では、はっきりしないものがある。 タクヤは言葉を口に出して、その言葉で自分を収めることにした。 「ま、いっけどね。オイラにはカンケーねーし」 タクヤと別れてシリアスは、ひとまずエレベーターに乗った。「閉」表示のマークと、降りようと思う階のボタンを押してしばし待つと、エレベーターの扉が閉まり、動きだした。 手には二つディスクがある。これを本当に兄のところに持っていって、防犯マニュアルについて提言したら、兄はどういう反応を示すだろうか。考えてみても、実のところよく判らなかった。あれは全部嘘です、冗談に決まってるじゃないですか――そう言ったら、素直に信じてしまうんだろうか？それとも、いくらなんでも懐疑するだろうか？ 本当のことを言うつもりは最初からなかった。こんな気持ちは兄上には通じない。シリアスはそう思っていた。 兄を愛していると言っても、本当は憎んでいるのだと言っても、どちらの気持ちも、きっと兄には通じない。どちらの気持ちも、きっとわかってもらえない。 あの人はそういう人だ。 さっきタクヤが言っていた。悪太は怒ってねーよ。タクヤが言うのだから、きっと本当なのだろう。 あれでも怒らなかったなら。あれでも通じなかったというのなら。それなら嘘にまぎらわせてしまえばいいと思った。きっとあの人は、最後に「冗談でした」か、「ごめんなさい」と言えば、なんだってそれで通じてしまうのだ。多分そうだと、シリアスは思っていた。 多分あの人になにを言っても通じない。判ってくれない。 好きだと言っても嫌いだと言っても、愛していると言っても憎んでいると言っても。どれを伝えても、多分、判ってくれない。 私もお前を愛していると言われても。お前が私を憎んでいようが、お前は私の大事な弟だと返されても。そんな言葉は、シリアスが求めているのとは違った。そんな言葉を返されても、兄に判ってもらったことにはならない。 どうせ判ってくれない。 そのかわり、なにをやっても「冗談でした」か「ごめんなさい」で通ってしまいそうな気もする。それなら、もっと手ひどく苛めたって構わないじゃないか。シリアスはそんな不穏なことを考えついた。どうせ、判ってくれないんだから。 つらつら考えているうちに、シリアスは目指す部屋の前に着いてしまう。 ノックをしようとして、シリアスは中の様子を伺い、一度手を止めた。 「若君、お休みになりませんか」 カーネルが言う。ワルターは花束をベッドの傍らに置いて、ベッドに入り、天井をずっと見上げていた。 「カーネル」 「なんでございましょう」 ワルターは身体を起こした。 「…どうも眠れぬな。少し、外の空気を吸ってこようと思う」 そう言ってワルターはベッドから降りて立ち上がる。大丈夫ですかと、カーネルは声をかけたが、彼の主人は執事の手を軽く払い、ほんの少しだけおぼつかない足取りで歩き始めた。 End. ←back
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