| … |
ハイテンション・ハイライト -----序-----
或る朝。ワルザック共和帝国大使館。 ワルザック共和帝国第一王子にして、共和帝国日本大使。ワルター・ワルザックの朝は、執事のカーネルに起こされるところから始まる。 カーネルはいつものように王子の寝室の前に立ち、ドアを何度かノックした。 「若君、おはようございます。そろそろお目覚めの時間にございます」 部屋の中から反応はない。これもいつものことだ。ワルター王子は寝起きがいいとはとても言えず、いつも彼はカーネルに起こされるまで寝倒しているからだ。 カーネルはいつものように寝室のドアを開けた。そして、ワルターが眠っているはずの天蓋付きのベッドへと向かう。 「―若君？」 そこで初めて、カーネルは異変に気づいた。 -----１-----
土曜日の、半ドンのチャイムが鳴り響く。石環小学校。 タクヤとカズキとダイ、悪ガキ三人組は校門を出る。タクヤは盛大なあくびをした。 「ふあ、最近オモシロイことなくてつまんねーの」 「まあ、宝探しがあるわけじゃねーからな」 「久しぶりにみんなと冒険に出かけようか？」 タクヤの言葉に、カズキとダイがそれぞれ応える。地球に戻ってきてからこっち、当然の如く、平和すぎるくらいに平和だ。 「なーんか思えば悪太と遊んでたのもいい暇つぶしだったよなー」 タクヤが言う。学校がない時にパワーストーンを探しに出かけ、行く先々でワルターと鬼ごっこをするのは、今にして思えば最高の娯楽だった。 「そういえば悪太、最近どうしてるのかな」 「いちおー仕事してんじゃねーの？アイツだっていい大人なんだからさ」 ダイの疑問にカズキが答えた。三人はそうやって暢気に話ながら下校路を歩いていく。 「――若君のお話ですか」 噂をすれば影が差す。ことわざどおりと言うべきか、三人組の前に、聞き知った声の主が現れる。 「ほえ」 「兄上のことを、なにかご存じなのですか」 声がもうひとつ。 「じーさん…と、シリアス？」 タクヤが声を上げる。 三人の前には、ワルターの執事であるカーネルと、弟であるシリアスが立っていた。二人の後ろには車が一台停めてあり、他には誰も連れはいないらしい。 カーネルとシリアスの押し黙った表情を見て、ダイが怪訝そうな顔で疑問をぶつける。 「どーしたの？真剣な顔して、ふたりとも」 「実は――」 カーネルが言いかける。 「悪太になんかあったのか？」 カズキが口を挟んだ。彼は他の二人より勘がいい。 カズキの言葉に、カーネルの代りにシリアスが答える。 「ここでは話も出来ません。とにかく、車に乗ってください」 「「「悪太が誘拐された？！！」」」 お子たち三人は同時に叫んだ。 シリアスとカーネルが乗ってきた車の中、三人は後部座席に座っている。シリアスは自動運転の運転席についていて、助手席のカーネルが状況を説明する。 「若君は今朝から行方不明なのです。通信機も途絶していて、方々捜索しているのですが、いっこうに手がかりがつかめません」 「ん〜仕事がイヤになって家出しちゃったとか」 タクヤが思いつきの推理を披露する。シリアスが運転席から反論した。 「それはないと思います」 「なんで？」 「脅迫状がありましたから」 「「「脅迫状？！」」」 三人は再び声を合わせて同時に叫ぶ。カーネルが胸元からごそごそと紙切れを出した。 「…これです」 タクヤが手にとって、脅迫状を朗読する。非常にシンプルな文面だった。 『王子は預かった。要求は後に知らせる』 「こんだけ？」 一行だけの脅迫状を読み終わって、タクヤは顔を上げて呟いた。 「ええ、それだけです。ちなみに、要求はまだ来ていません」 シリアスが答える。そこでカズキが口を挟んだ。 「別に疑ってるわけじゃねえけど、悪太の悪戯って線はねーのか？」 「若君がこんな悪戯をしてなんの得になるというのですか？」 「だから疑ってるわけじゃねーよ。ただ、あらゆる可能性は考慮すべきなんじゃねーか？」 カーネルの言い分に、カズキはそう答える。悪太がそういう悪戯をするメリットはあまり考えられないが、誘拐であるか自作自演であるかは重要なポイントであるはずなのだ。 「偽装ですか…今日の晩に公務があることは兄上も判っているはずですから、それを抜け出すようなことは兄上もしないと思いますよ」 シリアスがそう説明する。カーネルが付け加えた。 「若君はああ見えて責任感が強くていらっしゃいます。確かに気まぐれで大使館を抜け出されることはないではありませんが、大使としての責務をないがしろにされるようなことは決してありません」 「悪太って責任感強かったんだ」 「知らなかったね」 「そーだな」 タクヤ、ダイ、カズキはそれぞれ感想を漏らす。客観的に見ればワルターに責任感が欠如しているわけではなく、責任感が空回りしていると言った方が正しいわけだが、お子たちがワルターに容赦がないのは今に始まったことではない。 「し、失礼な！若君は――」 「――とにかく、あなた方は兄上の行方をまったく知らないわけですね」 カーネルの言葉を遮りシリアスが話を元に戻す。 「知ってるワケねーじゃん。オイラたち、さっきこの話聞いたばっかなんだぜ」 「そうですか。私としては、あなた方が兄上を誘拐した可能性も捨てきれないと思ったのですが」 「ちょ、ちょっと待て、なんでオイラ達が悪太誘拐しなきゃなんねーんだよ！」 「そういうことは、一度でも兄上を誘拐したことがない方が言ってください」 「う」 シリアスのツッコミに、タクヤは黙る。 「たしかに…ＴＶシリーズでそういうのあったよね」 ダイがそう言ってみる。お子たち三人は、シャランラに脅されたとはいえ、バカンス中のワルターを襲撃し誘拐し孤島に拉致した前科がある。しかもレジェンドラの勇者も共犯だった。 ――シャランラに脅されたとはいえ、その点をタクヤは必死で訴える。 「あれは、シャランラに脅されてオイラたち仕方なくやったんだ！オイラだって、本当はあんなことしたくなかったんだ！」 「でもお前は結構楽しんでたよな、タクヤ」 「う」 今度はカズキのツッコミだった。悪太誘拐監禁強制結婚イベントにおいて一番面白がっていたのはタクヤだったから、反論の余地はない。 シャランラ。 ここで出たその名前に、ダイが反応を見せた。 「そういえばシャランラは？日本には来てないの？」 「シャランラさんは兄上との結婚式のために世界中を回ってウエディングドレスを探していらっしゃいます」 「なんでも１０回はお色直しをなさりたいとか」 「あ、そ…」 タクヤが疲れた声を上げた。特に今のところ呼ばれてもいない披露宴だが、そんなはた迷惑な披露宴には関わりを持ちたくない。 「そろそろ大使館に着きますよ」 五人を乗せた車は走っていく。行く先は、ワルターが誘拐された現場だった。 →Next
|