暑さのせいとかヒマだったからとか理由はいくつかあったんだけど。
昼メシのあと天化を誘って、風通しのいい最上階へ座布団抱えて昼寝しに行った。
俺っち一応ボディーガードさ？と天化は呆れて頭をかきつつ、先に立ってずかずかと階段を上っていく。
「よく晴れてんなー。ひと雨来たら涼しくなんのになー」
「雨乞いでもしてみるさー？」
「てんかー、今日の昼メシのエビチリがさぁ」
「あ、それ、俺っちネギだけ食ったさ」
他愛ねえっつーより日常的すぎる会話の途中、階段が尽きて欄干のついた廊下へ出る。町外れの山並みまで視界が一気に開がり、気持ちいい風が服の間をびゅうっと吹き抜ける。
「いい風さー！！」
──…
風に髪をはためかせて逆光で振り返った天化の口に、とーとつにオレは唇を落とした。
ワケはなんだったのかっていうと、天化がたまたま珍しく、煙草をくわえてなかったからだ。
これから点けるつもりだったんだろう。点けない前に振り向いたのは、まさに偶然というやつで、それこそ何のイミもなかった。
だってホラ、煙草くわえてんのにキスしたら火傷するじゃん？
今コイツ、ナンにも口になかったからさ。とつぜんこっち振り向いたから、口元にナンか足りない気がして。
見てたらキスをしてたんだ。
脈絡はなかった。どうしてこうなったのかよく分からないまま、ふわっとした感触に一時の間すべてを忘れる。
やがて頭がハッキリしてくると同時に、姫発は進退窮まった。天化が抵抗しないのは、びっくりしすぎて呆けてるんだろう。一たび口を離したが最後、とんでもねー事態になんのは必至だ。
『なんでこんなコトするさっ！？』
『オマエが……煙草吸ってなかったから』
イヤ、他に言いようがねーんだけど。正直に言ってどーするよ。ぜってぇ張り倒されるって！！
『だから！口んとこナンか足りねーような気がしてっ』
『吸ってなかったからって俺っちにキスしたくなるさ！？』
違うな。オレのも大概言い訳になってねーけど、天化はもっとシンプルだよな。
オレがコイツの立場だったら、ぜってぇ理由を問いつめるけど。ワケなんか全然なくたって、問いつめてきっと吐かせるけど。……実のある対話を引き出す発言は、天化はしなさそうだった。
『タバコ喫ってねぇヤツなんか百万人いるさ！！』
『けど一日中喫ってるくせに、今だけ喫ってなかっただろっ』
『禁煙してるヤツだって十万人はいるさっ！！』
そーゆー問題じゃねえだろがっ。
予測される展開になんだかな〜と自己ツッコミを入れつつ（いやツッコミは天化にだけど）、暫定的な現状維持を続ける姫発の脳裡に、Think different な発想が浮かんだ。天化が口をきく前に、潔く頭を下げちまったら？問いつめられても聞かれても、ひたすら謝り倒したら？
こーみえても遊び人のキャリアは伊達じゃねえ。そーだよこーゆーのは先手に限るんだよ！恋愛沙汰で主導権とられたら終わりだって！
『ごめん！！』
『王サマ…どーしてさ？』
『天化ゴメン！許してくれっ』
『ごめんって…。ひでぇさっ、今更ナンで謝るさっ？』（涙目）
ラストのセリフをつい思い浮かべて、キスの最中ながら姫発は撃沈した。まあそこまでは冗談としても、キスされてゴメンなんてやっぱ傷つくかな……？
とそのとき。
触れ合った唇のところから、ぴくっと震える動きが伝わった。──天化が正気に返りかけてる！？
うわっ、タンマ！ま、まだ考え中だっつーの！！
天化は半ば無意識のていで、上向かされたあごを引こうとした。焦った姫発は座布団を落として、天化の体を引き寄せる。歯列の間へ割って入り、強引に舌を絡め取る。唇へ導いて優しく啄む。
天化は再び固まった。煙草の味の柔らかな舌に姫発もしばらく囚われる。実はその間は何も考えられはしない。天化が茫然としている時間と、こっちが意識を取り戻すまでの時間差を当てにしているだけだ。
理性が復活して分かったのは、更に弁解のきかないドツボへはまり込んだということだった。コレってさ……絶体絶命ってヤツなんじゃ……
『王サマ──今のは一体どーゆーコトさ！？』（←莫邪の宝剣を抜いている）
『ま、待てよ！暴力はよして話し合おうぜっ？』
『いーからキリキリ白状するさ。返事によっちゃあ刀の錆さ！』
『うあぁっ頼む落ち着いてくれッッ』
莫邪の光芒を身近に感じて、キスの最中ながら背中に冷や汗がつたう。めまぐるしく考えが駆けめぐり、窮すれば通ずで稲妻のように妙案が閃く。
そうだっ！いっそ好きだって言っちまうとか！？今となっては最小限に嵐を収める唯一の方法かもしれない。
『とうとうバレちまったよな。好きだったんだ…お前のコト』（哀感をこめて背を向ける）
『本気さ…？マジで言ってるさ？』
『冗談でキスなんかできっかよ』
『王サマ…』
『でもさ、最後に一度だけ』
告白に続く切ないキスが、いま交わしてるそれにダブる。ドラマみたような展開だけど、注目のクライマックスはどうなるんだよ……。薄く目を開けて天化を窺うと、まぶたを伏せて眉根を寄せた表情が、感じてるみたいで胸をうずかせる。
だがその案にはネックがあった。脈絡なさすぎてヘンだよな。ネギ……もとい、エビチリの話をしてたのに。
万策尽き、姫発の頭が真っ白に燃え尽きた頃、呼吸を求めた天化がもがいて数分にわたるキスは終わった。
「王サマ」
「…お、おう」
天化は気を落ち着けるように、ゆっくり煙草をポケットから出した。火を点けて深く煙を吸い込む。
そんな様子に息をつめ、姫発は男らしく観念した。衝動でキスしたオレが悪い。てゆーかロケーション的に逃げ場もない。オレ体だけは頑丈だし！多分ボコボコにされたって大丈夫……だよな。きっと。なんたって象に踏まれても死なねーんだから。
あ、でもさ。天化が象より強かったらどーしよう。
「王サマ！」
「おう！」
「エビチリくせーさ」
目を逸らさないのがやっとのように、正面からキッと姫発を見上げて天化は言った。
ええそんなッ！？天化だってエビチリ食ったばっかしじゃん！…てことは──だから……言いてぇのはそーゆーコトじゃねぇんだよな？
告白も何もしてねーのに、突然キスしたくなったこと……怒ってねぇの？オマエが怒ってねーなら、オレ──
湯気が出るんじゃねーかってくらい顔中を紅潮させて、吸っている煙草の先へ目を落とす天化に、ドキドキと鼓動が高まっていく。オレだって多分似たよーな顔をしてる。
しかし分かっているのに一言多いのが姫発の性格だった。
「え、エビチリみてーな顔してナニ言ってんだよ」
脛をしたたかに蹴り飛ばされて、姫発は床にしゃがみ込んだ。
タイトル考える脳みそが猛暑で蒸発してしまった今日この頃（笑）エビチリはネギが好きなので、ネギいっぱい入れて作ってしまいます。