ラブ・ミー・テンダー 桜木みなと

師も走ると書いて師走と読む。周の軍師も忙しかったが、国王も年末進行を迎えていた。年も押し迫ったある冬の日のこと、姫発は仕事机に突っ伏したまま、うとうとと眠り込んでしまった。
「──…」
「ゴメン、起こしたさ」
体の側にふと気配を感じて目を開けると、傍らに両手で毛布を掛けようとしている天化が立っていた。
「あ……オレ、眠っちまったんだな」
「きっと疲れてるさ」
昨日は普通の時間に寝た。なのに体がだるいのは、ホントに疲れてるせいかもしれない。ここんトコ休みなかったもんな──…伸びをして肩を鳴らすと、あくびが一つ出た。
「肩こってるさ？」
「ん…」
天化は煙草を灰皿で消すと、椅子の後ろへ回って姫発の肩を両手で包んだ。しっかりとした力強い親指が、首の回りを揉みほぐしていく。
「あ──キモチいい……」
「さっきみてーに机に寝るさ」
言われた通り、顔を横にして机に伏せると、天化は力を入れて背中を揉んだ。背骨の両側。肩胛骨の間。肋骨の隙間。次々と指でツボを押していく。
「う……そこ！そこすっげーいい」
「ここさ？」
「……っっ（感動）」
「相当こってるさ。王サマちっとは運動するさ」
充分過ぎるほど指圧をされて、最後に掌でマッサージしてもらうと、固かった全身が暖かくなった。熱い背中が気持ちよくて、そのままボーッとしていたら、窓の外を見上げている天化の横顔が目に入った。
「ありがとなー。すげー楽になったぜ」
「雪降りそうな天気さ。王サマ寒くねぇさ？火鉢でももらってこよーか」
「天化のが寒そーじゃん。オレのマント着ろよ」
「俺っちは鍛えてるからへーきさ」
天化は何でもなく笑って言うと、煙草に火をつけてスタスタ出ていった。しんと静まり返った部屋の空気に、今日が本当に寒いのに気づく。人が一人いないってだけで、結構違うもんなんだよな。
「……」
へーきって言ってたけど、ホントに寒くねーのかな？
机に頬を預けたまま、天化がさっきしていたみたいに、窓枠越しに空を見上げる。本当に雪でも降りそうな色だ。
姫発はいつの間にか、耳を澄まして足音を待っていた。帰ってくる相手を待ちながら、とりとめもない考えが浮かんでは消える。……西岐って朝歌より寒いんだよな？崑崙はどーだか知らねーけど。アイツ、西岐の冬は初めてだったっけ。
火鉢を抱えて天化が戻ってきた。
「王サマ、みかん食うさ？」
炭をいっぱいにいけた焼物の火鉢を、姫発の足元にどんと据え付ける。橙色のみかんを一つ、姫発の頬に軽く触れる。
冷たい肌触りが心地よかった。姫発が身を起こして、うんと頷くと、天化は机の端に腰かけて皮を剥いてくれた。貰ったみかんを二つに割って、半分天化に渡す。
「スースは桃が好きだけど、俺っちはみかんも好きさ」
「旦の象はバナナが好きみてーだぜ？」
「王サマはなんか食いてーもんあるさ？バナナでも食うさ？」
人を象扱いしてニヤッとした天化に、おう！じゃあバナナ持って来いよな！と姫発も応える。言われてみれば甘いモノが食べたかった。
最後の一房を食べ終わって、机からひょいと飛び下りた天化は、ドアを出ていく間際にふと振り向いた。
「王サマ、今日は休みにするさ」
「え……。だって仕事」
「もーいいさ。バナナ食ったら終わりにするさ」
「なんで…？」
ポカンとする姫発に、天化はちょっと横を向いた。
「王サマが疲れてるからさ」
「でもよ…」
「言っとくけど俺っちが見張ってっから遊びには行かせねーさ？部屋戻って大人しくしてるさ」

「王サマ、王サマ！」
「ん……んう……」
「こんなトコで寝てっと風邪ひくさ！」
肩を乱暴に揺すられて目を覚ました姫発は、気が付くとさっきと同じ椅子の上にいた。
「あれ、バナナは……？」
「なにボケてるさ」
一刀両断のツッコミを入れられ、徐々に状況を把握すると、姫発は茫然として天化の顔を見つめた。
冷え切った部屋には、毛布も火鉢もみかんもなかった。天化はどこかへ行っていて、帰ってきてうたたねしている姫発を見つけたらしい。
愕然とした。今のが全部夢だったからじゃない……今のを夢で見たことに。
「ナンて顔してるさ。ヘンな夢でも見たさ？？」
「……」

天化にやさしくして欲しい。
姫発は普通の人だから、普通にやさしくしてもらうのが一番うれしい。疲れてるときはいたわって、落ち込んでいたら慰めてほしい。
でもそんなのは、わざわざ夢で見るようなコトじゃねぇ。それくらいしてくれたってバチは当たんねーと思う。抱きしめたりキスしたりする夢ならともかく、イヤそれだって相当慌てるし、見たらショックだと思うけど、フツーに優しくされてる夢──…。
言葉を失っている姫発の頭上に、天化の怒号が飛んだ。
「バカが風邪ひかねーってのは迷信さ！ボーッとしてっとまた熱出すさ？！とっとと寝に行かねーと俺っちが担いで連れてくさ！！」
天化は言ったことは実行する。心配してくれてないワケじゃない──ただ、人生そうそう思い通りには運ばないということなのだ。

ち、超久々なのにこんなんですいません（泣）
こーゆーネタを思いつくのは端的に自分が疲れてるからですね…ここんとこ働いて寝るだけの生活なんですが、12月に入ったらちょっとはヒマになる見通しなのさ〜。そしたら長目のを書きたいですね…。