朝歌を射程におさめる頃には、二人の行為は歯止めがきかなくなる寸前のところまできていた。舌を絡め、唾液を舐めとり、裸の腰に腕を回して抱え上げるように引き寄せる。壁でも柱でも、天化をどこかへ押しつけないでは気が済まなかった。押しつけて足を開かせ、膝を割り入れずにはいられない。膝が震えて立っていられなくなると、地面に押し倒して重なりあった。
唇以外の場所へ唇を触れないように、何度も唇を触れ合わせた。それ以上を求め合わないために、何時間もキスを続けた。

「王サマ、俺っちたち明日崑崙に行くさ」
姫発の天幕を訪れた夜更け、天化がそう言った。
「……ああ。でも行く方法あんのか？」
「美人三姉妹が連れてってくれるってさ」
黄家の人々は雲宵三姉妹を何の疑念もなく自称で呼ぶ。賈氏も黄氏も豚に真珠である。
「美人……あのプリンちゃんの反対の……」
「とにかく、もう我慢してられねぇから」
「腹の傷は……？そのせいで太公望に置いてかれたんだろ」
「そんなの、構ってる場合じゃないさ」
「そっか。でも気をつけろよ」
いつものように唇を重ねた。腹の傷が気になって、つい包帯に触れては痛がらせてしまう。天化の言葉は予想以上にこたえた。もうどうにでもなれ。抱いちまえ。声がくりかえし脳裏をよぎる。
「……痛い、王サマ……」
「あぁ……悪りぃ……」
いつも口を塞ぎ合っていたから、抱き合いながら声を聞いたことはなかった。
聞いたらきっと、たまらなくなると思った。
「天化……あのさ」
「……王サマ……？」
「ワガママ、言っていいか？」
「……」
「お前、不老不死になりたくて道士になったんじゃねえって言ってたよな。オレ、お前がやりたいことやって死ぬのは仕方ねぇと思う。でも、頼むから封神計画が済むまでは死なねぇでほしいんだ。一つところに閉じこめられるなんて似合わねぇ。天化には、自由でいてほしい」
天化の目が、ゆっくりと開いて姫発を見た。
「あんた、すげぇ人さ。きっといい王サマになる」
「……マジで？」
「ほんとさ」
天化が言うならそうだと思った。
唐突で、腑に落ちるような自覚。
どんな形でもいい。コイツと一緒にいられれば、オレはやっていける。
「王サマ、ごめん……スースに置いてかれたの、ケガのせいだけじゃねぇさ。俺っちたちが行っちまったら、ここが無防備になる」
天化は待つのを許してくれない。もう会えないかもしれないなら、いま言わなければ二度と言えない。
────かすれた声しか出なかった。
「しょーがねぇよ。聞仲は強いんだろ。ヤツを倒さなきゃ、先には進めねぇんだろ？」
天化が何を考えたかは分からない。静かにオレから身を離すと、寝床の上に腰掛けた。
「来るさ」
「……」
「来るさ、王サマ」

初めてだから、乱暴なやり方になった。
両肩を掴んでシーツに押し倒すと、噛みつくように唇を貪った。
どちらも一言ももらさずに、荒い息だけが溢れた。
服を剥ぎ取って全身の肌が触れた一瞬の深い充足感。次の瞬間にはもっともっと深くまで欲しくてたまらなくなる。
「……っ…」
天化が体をのけぞらせ、両手で必死に口を押さえる。指をつかんで無理矢理引きはがすと、喉の奥から声がこぼれた。
「ひ……っ、う……」
手首をシーツに押しつけて、言い訳のように唇を塞ぐ。
「…てんかっ…ごめん…っ…」
「あ………！」
謝ることなんかないのだと、全然そんな必要はないのだと、王サマに伝えたかった。でも言葉にならない灼熱の中で、声も出すことができない。
答えの代わり、夢中で背中にしがみついた。

「ごめんな……。平気か？」
「何であやまるさ」
熱が温もりに変わっても、目を閉じて眠ることも、服を着ることもできなかった。
「絶対、帰ってこいよな」
「そんなこと分からねぇさ……」
髪に触れ、暗くて見えない互いの顔を指で確かめ、もう一度キスをする。
「死ぬなよな……」
「分かんねぇって言ってるさ」
帰るよな？と姫発は繰り返し、天化はそのたび分からないと答えた。姫発の不安と天化の不安と源は別のところにあったけれども、触れるだけのキスを幾度も不器用に繰り返し、帰らなかったらどうなるのか？と気づきもしなかった。

あとタグ打ちと誤字チェックだけ状態で正月から放っておいたらWJの展開があれよあれよで、かなり笑えるものになってしまいました…。今となっては崑崙に行ったくらい全然何でもなかったよ！！（泣）
裏境界ですか、ハイ（爆）。まあこの辺が線引きということで。